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ここは誰でもいいんだが、俺は今どこにいるんだ

プロジェクト・ヘイル・メアリー(アンディ・ウィアー、早川書房、上下巻)


 無用のネタバレを避けつつ、主に組織・戦術の観点から評します。といっても「戦闘」と一般に呼ばれそうなシーンはありません。


 主人公は諸事情で、目覚めると自分の名前も思い出せません。ここがどこか、どうしてここにいるのかもわかりません。少しずつ主人公はここまでの出来事を思い出し、それが回想シーンになります。


 主人公をここに送り込むまでに、人類全体を巻き込んだ一連の出来事があり、その結果として主人公は現況の中に放り込まれています。記憶が戻り切らないうちから、主人公は総合的で幅広い科学知識といくらかの操作技術を発揮して、自分の置かれた状況を少しずつ読み解いていきます。Hail Maryとは「聖母マリア様万歳」といった意味であり、いちかばちかの試みにつきものの台詞なのだそうです。人類は諸事情でそうなっています。ですから非常時にのみ許される、あるいは許されないけど非常時だからやってしまう、超法規的措置が次々に取られたことを、主人公は順々に思い出します。


 交互に挟まれる回想シーンは、すでに起きたことを語るだけですが、おそらくその中には、読者をある想定に誘導しておいて、「意外な真相」を見せる意図的な演出が混じっています。回想シーンもまた、おおむね時系列順に進むからです。


 私は上下巻を約1日で読みましたが、おそらく内容の30%ほどを読み飛ばしています。科学知識に基づく推論、手間のかかる観測・測定と結果の検討、ありうる他の可能性の排除など、ストーリーの大筋に影響しないと思われる部分や、何を言っているのかわからない部分です。この作品にはワープ航法は出てこないのですが、その種の超技術を含むSF作品では、私はよく長い(偽)技術解説を読み飛ばしてきました。本物の科学であっても、理解できないものは魔法と区別がつきません。


 おそらく「小説家になろう」であれば、この小説はタイトルでオチをばらしたような形で発表するしかないのでしょうし、第49部分「To rank, or not to rank」でとりあげた『かくて謀反の冬は去り(古河絶水)』のように、1部分1部分でポイントを稼ぐ発表の場であればたちまち馬群に沈んでしまったでしょう。古典的なSFでもあるのですが、それ以前に、古典的な小説です。1冊単位で買ってもらうことが前提なのです。買ったら少なくとも上巻終わりまで読むでしょう。そこまで読んだら、まあ結末を読まずには終われないでしょう。まあ現代ですから上下巻とも結構なお値段ですね。


 自分にはよくわからない科学知識がふんだんに盛り込まれ、主人公がそれを鮮やかに(あとで気が付いて頭を抱えることも含めて)自分のサバイバルに生かしていることに、イラッとくる読者も少なくないでしょう。私も「よくわからない科学知識」を読み飛ばすことに慣れているだけで、あまりわかっているわけではありません。こういう作品を見つけるたびに称える人たちは、たぶん出版市場、あるいは出版市場はもう小さくなりすぎたのでメディア市場の中で、大きなシェアを持っていないのだろうなと思いますし、その割には何だかプライド高そうだな……と若干の苦みも感じます。「誰でもごくごく呑めるコンテンツ」vs「いろんな意味でお高いコンテンツ」の戦いは世界に広がっていますが、それは世界に広がる政治的な分断や、政治的・民族的な横暴/反撃と、部分的には共通の根があるのでしょう。学問や学歴に感情的な反発を示す人たちは、昔からいましたよね。


「作者と同種のものを尊いと思う読者を探すコンテンツ」と評すると支持者の皆様から怒られそうですが、「むかし当たり前とされてきたこと」を大事にするコンテンツに、だんだん私はホーム感を得られなくなっているのも、正直な思いです。


追記 なんでこの傑作が私をチリチリとイラつかせるのか、正体をつかみかねていましたが、世界を覆うに違いない「反知性」のうねりが全く無視されていることに思い当たりました。現代か近未来の世界なのに、ネット世論とか情報操作とか私利私欲の政策提案とか、そう言った要素がすっぱり欠けてるんですよ。科学と知性の力で未来を切り開くけど、それは暴徒の海にゲートシティをいくつか残すような話で、この人ら正しいけど主人公がウラシマ効果を受けているうちに選挙で負けるよな……みたいなことを思うわけです。5年前ならこういうことは思わなかったと思うのですけれど、トランプ政権が世界のアタリマエを揺さぶった後、「正しさ」を振り回す側にあった歪みや無茶や傲慢もずいぶん可視化されました。反省とは言わぬまでも対策を意識しない「賢者の政治」に過去臭を感じてしまうのですよね。

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ぐ、グレッグ・イーガン仮説……
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