14、15、16とだんだん君主が昏かった(諸説あり)
汝、暗君を愛せよ(本条謙太郞)
https://ncode.syosetu.com/n7229je/
※書籍版の感想です
同族園芸業の行き詰った後継者社長として自殺した主人公が、国王グロワス13世として転生したサンテネリはフランス。新大陸にルイジアナとかケベックとか(推定)持ってて、でも海外領土は重荷になっています。「帝国」のエストビルグがハプスブルク、あるいはエスターライヒ(オーストリア)。まあハプスブルク城は山城だしね。武断派のプロザン王国はもろにプロイセンだし、対立し新大陸で優勢な島国アングランはアングロサクソン、首都ランデネムはロンディニウム。国内野党のアキアヌ大公はオルレアン家と、最後はイングランド国王が兼ねたアキテーヌ公をチャンポンにしている感じ。主人公グロワス13世自身は、「帝国」からマリー・アントワネットを娶ったルイ16世を基本イメージとして、ルイ15世のころ欧州に起きた事件を重ねています。国家財政がアレだとか、政治状況もだいたい似せてあります。過去の英雄グロワス7世は獅子王ルイ8世でしょうか。バロワ家はヴァロワ伯そのまんま、デルロワズ公領は領都もルエンですし、ノルマンディー公ロロが封じられたルーアンあたりでしょうか。ガイユール公の領都はリーユですから、リールとフランドル伯領(全部フランスかというと微妙)でしょう。リールを流れるドユル川はセーヌ川とはつながっていませんが。「港町カレス」はアントワープで、「最近通った」運河がドユル川(実際に人の手が入った運河です)、ロワ川(セーヌ川)につながるというグイヨン川が作者の創作した川[または、セーヌ川の支流でリールに近いエーヌ川]なのでしょう。
主人公には前世知識で財政破綻寸前の国に未来を切り開ける自信がありません。暗君(予定者)という自覚を持って生き延びを図ります。17世紀フランスっぽい、魔法があるようで事実上ない世界で、人々の心と利害勘定を現代のそれっぽく描いて、全部それで通す一貫性は出色のものです。元手がかかっています。何を積み上げたらこれが書けるのかと思います。例えば勤め人なら誰でも、職場で見せている自分と、職場に隠している自分の二面性があるじゃないですか。そういったリアルな「職務上の人間関係」が17世紀ナーロッパに持ち込まれています。
ただいろんな意味でそれに全振りなので、「読者をいい気持ちにさせる」昨今流行の要素があまりありません。うら若い女性がときどき涙ながらに「我が死地はここにあり」といった感謝と決意を見せてくれることくらいでしょうか。そこにわずかにご都合要素がきらめきますが、ごく少ないので読み進めるのがつらいという方も多いでしょう。
残念ながらマクロ的な話の筋書きは、オーストリア継承戦争、外交革命、七年戦争という18世紀ヨーロッパの歴史をなぞるもので、オリジナル要素はほとんどありません。また戦闘シーンは、演習と暗殺者の襲撃を除きひとつもありません。
いわゆる絶対王政の時代に、転生者が「民のための国家」という概念を広めることがどんな反応を生んだか、それを正確に評価することは当時の人々のものの考え方を再現できない以上、不可能事です。それを留保したうえで、グロワス13世の思いと言葉をぶつけられ、揺さぶられる要人たちや女性たちのドラマは、ある意味で嘘っぽさを持つのかもしれません。歴史というより芝居、それも録画を見返せない舞台劇と思って読むものでしょう。
さあ、この小説に続きは書かれるのでしょうか。書かれるとしたらフランス革命を先取りした「超すごい七月王政的な(オルレアン家はブルボン本家よりも社会契約説的な王権観に寛容であったと言われています)」フランスが……欧州をどうするんでしょう。吞みますか。呑むしかないですか。いやそういうドロドロっとしたところは書かない人じゃないかな。マクロ的な進行を史実準拠にしてしまったところを見ると、そういうことにあまり興味がない作者のような気もします。
ジャンルの要件を満たしているかどうかを、面白さそのものより重視する傾向が信奉者に広がって、やがて市場でのプレゼンスが失われていく現象を、何度も見ました。きわめて貴重な時代区分なもので、つい盛り上がりたくなる気持ちもあるのですが、そのことが直接作品の面白さを支えるものではないので、組織描写の緻密さ・重層性だけでいい点をつけてよいものか、迷うところです。




