ピリオドつくやつかざるや
エイリアン使いの異世界探索侵略譚(右左 一奥)
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この作品はずいぶん前から愛読しておりますが、こちらの連載でご紹介することはありませんでした。理由はふたつあります。ひとつは、半章くらいは食ってしまうような将来への伏線が多数張られているのに改訂版公開開始から3年で第3章途中という執筆ペースであり、ペリーローダンシリーズのような複数著者チームでもない限り自然人の寿命内では完結が危ぶまれることです。伏せられたカードを次々に開けていく作風でありながら完結しないとなると、読む側のダメージも大きく、人へのお勧めをためらっておりました。
もうひとつの理由は、すさまじい設定量とそのたゆまない追加更新が、何度通読しても頭に入りきらないので紹介文が書きづらいことです。しかしそれは紹介文を書くこと自体のチャレンジ度が上がるということでもあり、ついにその魅力が勝って、自分のために紹介文をまとめることとした次第です。完結しますように。南無南無。
主人公オーマは転生者です。ただ転生元の世界も現世のようなそうでないような場所であり、そこで知り合った少女イノリを探すうち、大企業の庇護下にある秘密組織と戦う羽目になり、謀殺されての転生でした。転生先の世界は過去の神々の争いで数多の「裂け目」を残して分離するように生まれ、オーマの転生した地でもある「闇世」と、もともと人と神の住んでいた「人世」を合わせてシースーアと呼ばれています。
転生した先は誰もいないように見える孤島でしたが、いきなり出会ったのは迷宮核でした。やがてオーマの心臓に同化した迷宮核は、オーマに眷属を生み出す力を与えるとともに、オーマを次第に人ならざるものに変えてゆくことになりました。迷宮核を駆使して迷宮(領域)を維持運営し、命素と魔素を得て眷属や防御施設を整える存在を迷宮領主と呼びますが、オーマはいかなる配剤か、神が迷宮核を生み出すところに居合わせ、その力と折り合いをつけて我がものとしたことになります。
迷宮核は異界の裂け目を通じて「人世」から流れ込む命素と魔素を「闇世」で利用できるように変換する働きがあり、迷宮領主は「闇世」の維持責任を分担することになります。「界巫」を「闇世」側の頂点として、貴族に似た階層を持つ迷宮領主は戦国時代のように、派閥を作り協力しながら、権謀術数を尽くして相食んでいます。オーマは島の生物たちを確保して眷属たちの秩序に組み込み、海を越えて(すでに迷宮核をオーマに取られたとも知らず)やってきた迷宮領主との防衛戦に辛勝し、領主たちに存在が露見します。
迷宮領主たちは自分の「世界認識」に応じて眷属を形作るとされます。オーマの眷属はどういうイメージをしたものか、ずるずるキシャアアのエイリアンシリーズになってしまいました。そこでオーマは「エイリアン使い」と呼ばれることになりました。もっともオーマは転生者であることを隠すため、エイリアンとは何であるかをごまかす羽目になったのですが。
島の征服戦と防衛戦の過程で、この世界にかつてイノリという名の迷宮領主がいたこと、敵の多い暴れん坊であったこと、その運命には諸説あって生きているかもしれないことを知ると、オーマはイノリを探すことを再び目標に定めます。防衛戦に勝って迷宮領主の会合に出たオーマは、「鉄使い」フェネスを主な後援者とする成り行きになります。そして2年以内に島の近隣にいるある魔物を倒すことを約束させられ、逆にオーマから上乗せの提案として、「人世」に進出して[現地勢力とハルマゲドンを惹起しないようにしながら、秘かに]経験値の類を稼ぎ、あるいは迷宮成長のもとになる異質な戦力を引っ張ってくることで、「闇世」のリソースを増やす事業を引き受けると提案します。オーマは「闇世」で得た手掛かりもあって、「人世」までイノリ探索の手を広げたいという思惑があったのでした。
フェネスは「界巫」の懐刀的存在でした。「界巫」に次ぐナンバーツーである「幻獣使い」グエスベェレ大公は「界巫」の政敵であり、利権独占と取られることを避けるため、フェネスは自分の三女ネフィ(ネフェフィト)を「人世」でオーマの監視役につけ、ネフィにはグエスベェレ大公の娘である「宿主使い」ロズロッシィによって「寄生種」をつけてくれてよい……と提案し、容れられます。
ここまでが第1章。戦闘の中心となるのは眷属と、まだ槍を振るい火葬槍術士として戦うオーマですが、様々な経緯でオーマに敗れ、あるいは庇護を求め、その他さまざまな所縁を得てオーマに従う(広義の)人物が現れ、「従徒」として能力を捧げていくことになります。眷属も従徒も、希少な資質として魔法を使う者もいますが、(広義の)現地人には地球人類とは隔絶した体力や特徴を持つ者もおり、触手や角や溶解液を使った戦いは魔法抜きであっても、徒手戦闘の概念をはみ出すものです。
第2章でオーマが島に近い「裂け目」から「人世」に進出してみると、そこは「長女国」の版図でした。そこもまた「鎌倉殿の13人」のように有力諸侯がけん制し合い、ときに蹴落とし合っており、正体を隠し偽りながら、現地の落伍者や降伏者を「水滸伝」のように幕下に加えてゆくのは第1章同様です。関所街ナーレフを中心とするワルセィレ地域に仕組まれていたロンドール家の陰謀は次第にオーマの解き明かすところとなり、いくつかの勢力はオーマの罠にかかって部隊を壊滅させられ独占していた秘術を暴かれ、最終的に陰謀が発動したところでオーマの迷宮部隊も乱戦に加わり、参戦した諸勢力部隊をことごとく覆滅するに至ります。この過程で友好関係ができた指差爵エスルテーリ家や、従徒となった地元のリーダー、そして陰謀の渦中にあり、迷宮領主イノリを知る者であった「泉の貴婦人」が加わって、オーマの勢力下で関所街ナーレフは切り回されていくことになります。ここまで第2章。
第2章でオーマを頼ってくるルクとミシェールの兄妹は、突然の諸侯一斉攻撃で族滅されたリュグルソウム家の生き残りです。辛くも逃げ延びたふたりでしたが、長女国では知られていない魔法か呪術で、2年余りに残り寿命を切られてしまいました。しかも子孫にも同様の短命が課されるのです。第2章の途中で、どうも術者は長女国の南東にある「末子国」の者ではないかという情報がもたらされます。このほかにもいくつか、オーマが南に(真南にあるのは「次兄国」であり、その南には過去の大戦によって大陸が砕けてできた多島海が広がっている様子)進路を転じるべき理由が生まれてくるのですが、第3章が始まった時点のオーマは関所街ナーレフ付近を確実に掌握し、まだ未知の魔法(まだ負かしていない有力貴族の秘術)が多い長女国の情報収集(と、報償としてのリュグルソウムの復仇)を優先して、この項執筆時点で今ここです。
多様な能力を持つ人や生物の集団戦闘というのはラノベでは珍しくありませんし、それが頻繁にレベルアップ・パワーアップするのも絶無とまでは言えません。この作品ならではの特徴は、「人世」におけるオーマ部隊があっちからの侵入者であることをひた隠し、相手の情報は暴こうとする駆け引きにあります。「大組織の中の小集団」として自制的に振舞うことを求められているのです。すべての遭遇がオーマに実りをもたらすわけではありませんが、やや都合のいいサイコロの目は出ているかもしれません。
例えば転移魔法(ワープ魔法)の精密な制御が高い知覚能力とともに可能なら、現代医学の内視鏡による切除手術を転移魔法で再現できるかもしれません。この作品の魔法描写はそのような「我々の直観に変換可能な操作」を積み上げて構成されていますが、まあエイリアンが大きな顔をする作品ですから、ぬるぬるぐちゃぐちゃキシャアニチャアとした描写傾向に寄っています。情報封止が絶対条件ですから、生かして帰せない状況もよく生じます。
ところで第2章と第3章の中間で、そのころのフェネスとネフィが描かれます。フェネスは人を食った道化風の言動で終始描かれますが、別の裂け目からネフィを侵入させる算段をつけた後、フェネスはわざと事件を起こしてネフィを「行方不明」とし、ロズロッシィの「寄生種」をつける約束をうやむやにしてしまいます。ですからネフィがいつオーマのところへたどり着くか、それともオーマが探索するかもうやむやです。そしてロズロッシィはフェネスの猿芝居に気づいて笑っています。こういう「さあどうなる」が多数配置されているのが、回収しきれるか気になる理由でもあります。
追記: 何度も読み返すうちにようやく理解できて来たことを、いくつか書きます。どちらの世界でも、諸侯は大名か忍群(NARUTOとか甲賀忍法帖とか)のイメージであり、キャラクターたちは自分の集団から与えられた役割と、個人的な望みを持ちます。全面改稿前の旧版と比べても、多くのキャラクターが「集団からの使命・要求と自我の葛藤」を強調して描かれるように変わっています。そして改稿後に初めて加わった要素として、「お家騒動」があります。忍群的な集団でお家騒動をやるわけですから、例えば徳川家康はある時点から替え玉だったとか、いや徳川家はだいぶ前から風魔忍群に置き換わっているのだとか、そういう可能性も出てきているところです。
作中に「指し手」という表現が登場します。互いに相手の能力・戦力の少なくとも一部がわかりません。伏せた札を表にするチャンスを狙っているのは、誰もが知る勢力の責任者ばかりではありません。自爆的な効果を持つとしても、またそのことを知らされないまま騙されて、魔法などの発動機会を図っている一見無力な人物が、いるかもしれません。
「裂け目」は獣を狂わせ「魔獣」と化せしめる「瘴気の源」であり、封印すべきもの……というのが「人世」の諸国が共有する理解であり、それを担当する集団もいます。ところが裂け目はリソースとチャンスの源でもあり、その意味で裂け目へのアクセスは利権です。一部の諸侯は特にそのアクセスを欲する理由があり、第2章のオーマが諸勢力を各個撃破できた理由のひとつともなりました。おそらくこの構造はここで終わらず、オーマを含めた「向こう側」へのアクセスが今後利権として追及され、争奪されることでしょう。
「イノリを探す」というオーマの明確な目的(それが何度も蒸し返されるとともに、そのための中間目標が何度も最適化されます)に比べて、「最終的な敵」といった存在ははっきりしない……というか事実上存在しません。誰も自分側の世界すら天下統一しようとしていないようですし、諸侯や領主たちとの協力と対立はオーマにとって、イノリを探す踏み台でしかないのです。これが「2月2日にイノリを殺したのはお前か」であったとしたら、明確な「真の敵」が存在することになるのでしょうが。そういう観点からは、迷宮領主として「擾乱」の二つ名を持っていたらしいイノリが何を目指していたかが、「真の敵」に代わる存在なのでしょう。




