表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
47/60

私の戦闘力は容器上側記載の通りだ!

 赤野用介さんの最初の書籍化作品は、『乙女ゲームのハードモードで生きています』でした。


https://ncode.syosetu.com/n6685ep/


 主人公ハルト・ヒイラギは男爵家の子弟ですが嫡男ではありません。星間国家ディーテ王国に生まれ、祖父が持っていた古代の乙女ゲームにはまり込んだ記憶が、現実のディーテ王国で起きることと次々に一致し始めたことに気づきます。そのゲームでは悪役令嬢が王立魔法学院の生徒からごっそり魔力の一部を盗み取る企みがあり、それを横からかっさらうことで主人公がその魔力を頂くことになっていました。それにあっさり成功したハルトは、隔絶した魔力を手に入れます。


 この作者さんの作品は調べて得た知識の活用と、体系的な「戦闘ルール」が特徴です。しばしばランチェスター法則にのっとって戦闘が処理されます。ちょっと年配のウォーゲーマーであれば、戦闘解決に戦力比に基づく戦闘結果表を使う方式に対して、互いの攻撃力から相手の損害数を出して差し引いていく戦闘処理を「ファイヤーパワー方式」と呼ぶことがあったのをご記憶かと思います。この攻撃が連続時間で続いているものとして、積分で処理したのがランチェスター法則の数式展開です。


 機械的なルールを当てはめて戦闘結果が出るわけですから、戦う前に結果は見えています。ですからもともと第1次大戦の航空戦闘のような、ごくミクロな戦いから着想されたと言われるのに、互いに逃げようのない国家同士が対峙してだらだらと出血が続く戦略級ウォーゲームの戦闘処理(消耗処理?)にもよく使われてきたわけですね。


 逆に、戦って多分不利だとしたら、逃げられる戦いは逃げ、避けられる戦いは避けた方がよいわけです。日露戦争のロシア旅順艦隊は、総力を挙げた日本艦隊とぶつかれば負けると思われたので、重砲弾が港内に飛び込んでくるまで陸上砲台の傘から外に出なかったわけですね。


 ですからこの世界で、ハルトが勝利をつかむためには、相手の誤認を誘ったり、予想を外したりする戦場の外での工夫が必要になりました。もちろん「ゲーム世界で予習済みの相手の行動」は何度もハルトの切り札となります。


 魔力と宇宙戦闘を組み合わせるため、この世界には独特のルールが持ち込まれました。魔力の大きさによって操れる質量、とくにワープさせられる質量が違うという設定です。このため大型艦をワープさせられる魔力量があれば貴族として遇され、至らなければ血筋が良くても出世街道を外れるため、期待される魔力量を維持し高める縁組が追求され、本人たちも自分と子孫の地位をかけてアプローチします。ハルトは最大スケールの宇宙要塞を操れるようになりました。


 SFTRPGの古典「トラベラー」、とくにそのサプリメント「宇宙海軍」をご記憶の皆様は、バトルライダー/バトルテンダーという艦種と戦術をご記憶かと思います。トラベラーの戦闘・建艦ルールでは、主砲の威力が他の武器を圧して強いのですが、1隻に2門以上の主砲は積めません。しかし防御力の弱い、安上がりな母艦に、ワープ能力を省いた分だけ搭載量に余裕のある純戦闘艦を載せて行けば、同じ建造予算でも強力な主砲搭載艦を増やせるのです。この純戦闘艦をバトルライダー、母艦をバトルテンダーと呼びました。


※巨大バトルテンダーが複数のバトルライダーを載せるのと、バトルライダーと同数のバトルテンダーに主砲を載せて開幕一斉砲撃に参加するのと、どちらが得かはおそらくその他の技術条件によって一概には言えなかったでしょう。分散構造を持つ安価なバトルテンダーは中間子砲に比較的強い特徴がありました。分散構造殺しの小型ミサイル艦または粒子加速砲艦をいくらか艦隊に混ぜることも当時考えていた記憶があります。


 この『乙女ゲームのハードモードで生きています』でも、ハルトは際立って大きい宇宙要塞を動かせるため、その腹にワープ能力のない小型戦闘艇をどっさり積んでいきます。これがまさにバトルライダーの働きをして、敵の予想を外すことにも貢献します。


 まあ悪役令嬢のいる乙女ゲームですので、当然悪人や愚物も敵味方それぞれでそれなりの地位についています。そのことが作り出すチャンスやピンチもあります。しかし、ちょうど前の部分でとりあげた『ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか』と好対照ですが、それらの悪人・愚物の行動は、思い悩んで複数の選択肢を見比べて、泣きながらつかみ取る行動ではなくて、設定のストレートな反映になってしまいます。「ガルマはなぜ死なねばならなかったのか! それはそういう設定だからだ! 」


 作品中で長いことかけて繰り返し自問自答した決意は簡単に変えられないものですが、前後の経緯がない1回限りの判断であれば、その前後の設定を変えるだけで逆の判断が合理的になってしまいます。そういったストーリーの硬性が小さいのが、良くも悪くもこの作品です。書籍化の流れなどから、設定をつぎ足した連作中編めいた構成になっていて、ずっと後を見通した伏線が張られていないことと関係があるのでしょうが。


 そうした前作を呑み込んで、現在書籍化進行中なのが、『転生陰陽師・賀茂一樹』です。


https://ncode.syosetu.com/n5911hs/


 多くのなろう系書籍化作家さん同様、赤野用介さんはまずある程度のところまで滑り出しを書いて、出版社を説得できそうな数字が出たら長編体制に切り替えておられるようで、『転生陰陽師・賀茂一樹』も出だしは連作短編のような体裁ですが、強大なボス敵との総力戦がやがて訪れます。あっ書籍版ではまだ訪れていませんが。


 賀茂一樹は別の平行地球で神々ないし獄卒の手違いで地獄巡りをさせられ、穢れを一身に浴びてしまいました。なかったことにするにも、その穢れをいったん落とさねばなりません。別の地球に行って怪異を倒し身の穢れを拭い去る分と、それまで自分の持つ穢れを抑え込む分と、たんまりと気(陰陽術のための魔力)を閻魔大王っぽい裁定者から分捕った賀茂一樹は、ぱっとしない陰陽家の長男として生まれ直します。


 生まれた世界では妖怪が日本の、そして多分世界の相当な部分を支配しており、陰陽師と政府・自衛隊が交渉と協力を繰り返しながら人の領域を守り、ときどき広げています。豊川稲荷の妖狐たちなど、人間の同盟者となる妖怪もいます。強力な魔王(仏教用語的な意味で)が出現して人の領地を大きく噛み取っても、それは今まで押し合って来た戦線が動いただけで、一樹たちは決戦の時期を選ぶくらいの余裕はあるのです。


 この作品でも個々の陰陽師の気の蓄積容量は数値化され、まず逆転できない強さの尺度として扱われます。呪符を使って気を保蔵し集中使用したり、傷を受けても復活する式神と契約して実質的な戦闘力を上げたりする戦場外の工夫が、やはりこの作品でも大きなポイントになります。


 艦隊戦と違い、陰陽師は不断に発生する弱い怪異や、人が支配できない地域から迷い出てくる妖怪を祓わねばならないので、一樹が力をつけ陰陽師協会内での地位が上がっていくと、気の少ない下位陰陽師の育成も一樹の使命に加わってきます。


 前作では「有能×善性」「無能・愚昧×悪性」の組み合わせで人物が描かれがちで、そこに保有戦力が加わって「悲劇的に滅びる善の領主」などが描かれました。今作では賀茂を含めた陰陽師の大家が、やはり遺伝に影響される「気の容量」維持・拡大を狙って政略結婚を繰り返しており、当然一樹もそれに巻き込まれます。個々にキャラクターを配置するより納得感のある筋立てになりましたが、

ただそこに感情の高まりはあまりないわけですね。この連載であまり言及も重視もしてこなかった「読者感情のアガり」要素が少ないのです。主人公が圧倒的な戦力と財力で人々を救い、感謝と敬愛(プラスの感情の渦)を受けるお約束展開を決して推奨するわけではないのですが、そこにある「読者感情のアガり」に代わるものは、何か用意しないといけないと思うのですね。


 いま新作『ゾンビが蔓延る世界だけど転移特典持ってます!』が始まっています。


https://ncode.syosetu.com/n2931ju/


 ゾンビものなので、前作になかったホラーやスプラッターもちりばめられており、主人公の戦力もそれほど大きくはなく、ゾンビ集団から距離を取りながら街に残された物資をガメていく初期展開となっています。「主人公から見たハード世界での生き残り」だけでは読者を特定のいい気分にさせることができないので、この重苦しさをどうアゲていくかが、やはり新作でも問われそうに思います。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
 「乙女ゲームのハードモード〜」は大好きな作品で、取り上げていただきファンとして嬉しいかぎりです。  その上でマイソフ氏視点での所感は、私には新鮮でした。特にトラベラーと絡めた比較は、考えもしませんで…
テンダー&ライダーに加えて、テンダーには乗せられるだけの50t戦闘艇を積んで(防御スクリーン代わりにする)、さらにミサイル、粒子加速砲、エネルギー兵器それぞれの特化型護衛艦で、予算の限りの戦隊を形成し…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ