図書という補助記憶
たいていのものは、設計図だけでは生産できません。図面に書き込まれていない製造ノウハウ、パーツを成形・溶接(鋲打ち)・鋳造する技術、材質に関する冶金技術など、工業技術は総合的なものだからです。これを人の記憶の形でワンセット「持っていく」ことは困難です。拙作『なにわの総統一代記』では、転生者の総統がパンツァーファウストの概念を示して史実より早く登場させますが、それは転生時点が1940年9月であり、すでに成形炸薬弾は開発されて、5月に対要塞兵器として使用されているから可能なのです。じつは成形炸薬弾の開発過程では「爆発途中を映像でとらえる」ことが不可欠で、写真・映画技術の発展を待って、ようやくこの兵器は日の目を見たのです。
最近よくあるパターンとして、「紙媒体などで古代文明の資料が残されており、主人公はそれを援用できる」というものがあります。
フシノカミ(雨川水海)
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はその代表的なもので、主人公アッシュは「前世らしき記憶」を持ちます。貧乏な生まれでしたが、つてをたどって古代文明の残した図書に触れ、実験で補いながら様々な文明の利器や成果物(青果物を含む)を再現していきます。前世記憶のせいで、「こういうのがあるはずだ」と見当がつくので検索が早いようです。
その達成だけでなく、アッシュは今でいう「情報処理能力」でも重宝されていきます。データの中から異常値・離散値を拾い出し、その原因を集中的に検討するのは現代人ならよくやることですが、大量の数値データに接した経験のない人々は総じて、それが不得意なのです。
これらはすべて道具立てと言ってよく、じつはこの作品はホームドラマと言いますか、アッシュと近しい皆さんの織り成すドラマが中心です。なろう作品が書籍化されるとき、何を書き足すかには作者さんの個性が現れます。『フシノカミ』の場合、同じシーンを別の人から見たらこう見えていたとか、人間ドラマ的な側面がもっぱら加筆されているのです。Web版(完結済み)を先に読んで、「何が書き足されているか」注目しながら読むと、いろいろニヤニヤできます。「思い切った展開のカタルシス」もあるのでちょっと惜しい気もする読み方ですが。
狩猟騎士の右筆 ~魔術を使えない文官は世界で唯一の錬金術士?~(のらふくろう)
https://ncode.syosetu.com/n2453fs/
この作品は転生物ではありませんが、古代文明の遺産でブラックボックスになってしまったメカが、魔術と併用されている世界です。そうした古代文明技術を独占していた都市が過去に壊滅し、植民都市がばらばらに生き残りを図っています。「古代文明を理解し、自分のものにする」のが主人公レキウスや、その属する小都市リューゼリオンが生き残っていく鍵なのですが、そのリューゼリオンが近隣有力都市と結んでいるらしい二大貴族派閥に分裂しかかっています。それらに圧迫された王室(ひとり娘がいます。当然ですね)と手を組んで、平民を中心とした王室だかレジスタンスだかわからないグループが様々な陰謀に立ち向かっていきます。
どうも作者さんは生化学の人、ひょっとすると「もやしもん」系(発酵学)の人ではないかと思うのですが、主人公は近代的な実験手法をどこからともなく思いついて、それを積み重ねてピンチを切り抜けていきます。展開はぎりぎり感というか、「どうすんだよこれ」というプロジェクトX感があります。古代文明は近代文明に近いものをいろいろ持っていたようで、食生活の再現にレキウスたちは相当なエネルギーを割きます。慢性的な食糧危機である反面、「麦はあるが利用法がよくわからない」状態なのですね。