世界デザインから始める成り上がり後発作品道!
失格から始める成り上がり魔導師道!~呪文開発ときどき戦記~(鼻から牛肉/樋辻臥命)
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※書籍版の感想です。書籍版で追加されたエピソードへの言及があるかもしれません。
この小説の第1話は2018年12月公開でした。古参代表『異世界はスマートフォンとともに。』第1話から4年半経っています。次世代作品として、ひとひねりが求められる時代の作品でした。まあ、「ざまあ」系の下げて上げるフォーマットを利用できたのは後発の利点ではあるのでしょう。
この連載でいくつも取り上げてきた作品のように、この作品の主人公アークスも前世の記憶持ちであることを含めて、いくつかの利点とともに、魔導師として決定的なハンディを負っています。この作品では、それは魔力量(最大MP)が少ないことです。いっぽう利点には知識やコントロール、さらに魔法器具の開発から得られるものが多いので、妹(養子であり血縁上は従妹)に終始慕われていることを含めて、『魔法科高校の劣等生』に似た感触もあります。
この世界の魔法は古代アーツ語を呪言として使い、『紀言書』の未解読部分から新しい単語が読めるようになると、それは新しい魔法の創成につながります。この『紀言書』にある様々な章が、ストーリーを動かしていく重要なギミックになりますが、それはこの連載の主な関心事ではありません。
主人公は高い記憶力を持ち(相手の魔法を模倣するときなどに有用です)、前世の記憶から、物理現象な近代科学による解釈や、近代兵器の仕組みとイメージを引き出すことができます。そうすると古代アーツ語によって銃の態様を描写してやれば、銃撃に似た効果の魔法ができてしまうわけです。重力の働きをイメージすることによって、ほぼ使い物にならなかった飛行・浮遊魔法をある程度(魔力量の限界内で)役立てることもできます。
まずアークスがやったのは、至近で使われた魔法の魔力量を測定する魔力計の開発です。これにより、文節ごとに唱えられる古代アーツ語がそれぞれどれだけ魔力を使うのかがわかり、そこから逆算すれば各魔導師がへとへとに消耗するまでに使える魔力量(=最大MP)を測り、記録することができます。これによって、困難な魔法をぎりぎり習得できる魔導師を見つけられるようになり、一斉射撃時に一部魔導師の魔力量が足りず詠唱不全を起こすなどの統制上の問題が少なくなります。
これによって王家や、秘密を分かち合わざるを得ない国定魔導師たち、そして諜報網を張り巡らす他国の君主・指揮官たちから様々に声をかけられ、誘われていきます。そしてアークスを個人的に巻き込む戦闘、ときに会戦も発生し、アークスは立場を選んでいきます。それはそれとして、アークスが通う魔法院では若い世代が(おおむね自己判断で勝手に)張り切り、次第にハーレムラブコメが展開します。
この連載でもたびたび取り上げましたが、「その世界なりの正義、忠誠」と転生者の距離関係は物語を特徴づける重要なポイントです。この作品では、次のような枠組みになっています。
・アークスの生まれたライノール王国は、拡張的なギリス帝国に接し、いずれ戦争となると予想される。
・ライノール王国は前国王時代、有力貴族を交えた国内平定戦を経験し、現国王と当時の戦友たちが今も国の中心にいる。
・来るべき侵略撃退戦でも国民を守るという王家の姿勢を背景に、貴族や騎士は固い忠誠を誓い、王国民にも強い王権が及ぶ。ただし私腹を肥やす者や裏切り者がいないわけではない。
むしろうっかりアークスが前世の見聞から代替的な政体の話をしてしまい、不敬をたしなめられるような調子で、アークスは話が進むにつれ、王家輔弼の一員として立場を確立していきます。まあ早くからあるネット小説でも、『異世界のんびり農家』のようにずっと主人公が大国家と距離を取ったままというのは少数派かもしれません。各貴族家が持つ忠誠の建前と、個人や一族が持つ打算・執着が丁寧に描き分けられています。もちろん帰趨不明枠にも何人か配されています。後発作品として「世界構造」を考えることに時間をかけている印象があります。
通信や索敵に優れる魔法は隠された個人技の域を出ず、大規模戦闘は中世的な歩兵騎兵弓兵の戦闘に魔法戦士や魔導師の火力が付け加わったものになります。
さきほど触れた『紀言書』の未解読部分にからんで、古くから住んでいるが人間の世に干渉したくない高位存在たち、逆に封印を破って災いをもたらしそうな存在がチラチラと示され、ストーリー上のプライムムーバーになりそうな雰囲気です。他にもギリス帝国ほか数か国の油断ならない隣国が、すでにアークスに目をつけていて、続巻で何か仕掛けてきそうです。




