うん知ってた
今回は、「情報を知るということ」のお話です。
例えば「連合軍の上陸地点はノルマンディーであってカレーではない」という(正しい)情報をドイツが得るにはどうしたらいいかと考えます。ふたつのステップが必要です。
ひとつは、偽(敵の謀略)情報、誤った情報、正しい情報が入り混じって流れてくるのをスクリーニングして、確度の高い情報だけを選び出して報告する仕組みです。当時のドイツ陸軍は1万人前後の将兵で師団を作りましたが、師団司令部から上には敵の情報を扱う情報主任参謀がいて、その仕事のための小さなチームを指揮していました。こうした担当者や、無線傍受など特定種類の情報を集めるチームが国防軍情報部や陸軍情報部(その東部戦線担当者だったゲーレンが、戦後その情報を売りつけるように西ドイツで情報機関のボスに収まったのは有名です)に情報を上げました。
連合軍がノルマンディーから注意をそらそうと、いろいろな偽情報をドイツにつかませた「ミンスミート作戦」は映画になりましたが、偽情報をこうした情報収集網につかませても、途中の担当者がひとりでも首を傾げれば、情報はそこで止まって何の効果もないのです。北アフリカで捕虜になった陸軍大将にいろいろ偽情報を見聞させて(自分で見つけたと信じ込ませなければなりません)、理屈をつけて「捕虜交換」をしてドイツに返したり、モントゴメリー司令官そっくりの少尉さんにいい軍服を着せて地中海のジブラルタルに送り込み、スパイと疑われている基地内の関係者がそれに気づくよう仕向けたり、いろいろな試みがありました。パットン将軍はちょうど部下を殴って謹慎中だったので、「第2次上陸部隊を率いて待機中」ということにされました。
まあ、直前のことを言えば、ノルマンディーが一番怪しいと思っているドイツ軍高官は多かったはずです。直前の数週間、ドイツはノルマンディーに通じる鉄道施設を集中爆撃したからです。もちろんある程度、目標を散らす努力はしたのですが。実際にやっていることを観察するのが一番基本的な情報収集で、皆さんも学校や職場や地域で自然にやっているでしょうが、「自分の考えていることが自分の行動からバレる」ところまで気を回せていない人も多いと思います。
ふたつめのステップは、責任ある地位の人間がその情報を信じて、例えばノルマンディーに陸軍を重点再配置する命令を出すことです。ぎりぎりになってノルマンディーに来ると分かっても、そのときには鉄道が使えなくなっているとしたら(線路より操車場が徹底的につぶされて、あとで連合軍も自分の補給に困りました)、もう部隊を動かすことができないのです。
史実では、ノルマンディーに連合軍が「実際に」上陸した後、1~2週間は他の海岸沿いの部隊がノルマンディーに向けて移動を控え、多くが上陸前の配置場所にとどまりました。なぜでしょうか。
このころ連合軍は航空優勢をすっかり確立して、イギリス上空にドイツ偵察機が入ってくるのをほぼ完封していました。だからドイツ軍は、連合軍がどれだけの船舶と陸上部隊をイギリスに集めたのか、全く見当がつかず、しばらく第2次上陸に備えたのです。上陸地点の予想が当たっていても外れていても、ドイツの選択肢を狭めることに連合軍は成功していました。その立役者は諜報・防諜関係者ではなくレーダー部隊と戦闘機隊であったわけですね。
このように、「情報が手に入ったのでそれに基づいて選択する」プロセスをリアルに描こうとすると、大組織の意思決定と多部門同時活動を盛り込まないといけないので大変です。娯楽小説では昔から、これを処理するパターンが何種類か使われています。
(1)優秀な情報収集者
「御隠居、英国屋はノルマンディーに上がる腹をくくりやしたぜ」というパターン。実はテレビシリーズ以前の映画版水戸黄門では弥七は登場しませんし、テレビ版の初期にもいませんでした。真実と認めるに足る情報をセリフとして語ってくれるキャラがいれば、物語はぐっと短縮できます。「弥七がつかんでくる情報は絶対の確度を持つ」「御隠居の弥七への信頼は絶対で揺るがない」ことも非現実的なお約束です。
バリエーションはいくつもありますね。弥七のような「密偵・諜報担当」としては『ナイツ&マジック』の藍鷹騎士団、『サクラ大戦』の月組などなど。予算をかけて集めた情報を売る「情報屋」も定番です。『コブラ』では高額の料金を取る占い師がじつは情報屋であるという話が出てきました。
出遅れテイマーのその日ぐらし(棚架ユウ)
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では、情報屋クランが情報を仕入れて、しばらく有料で売ります。主人公は召喚獣として農業スキル極振りの激レア召喚獣を引いてしまい、仕方がないので本人もそれ系のスキルを取ったり、初期装備を売り払って農地を買ったり極端なことばかりするので、特殊な条件を満たしてゲーム初のレア領域やレアクエストを次々に引き当てます。ですから情報屋の主要な仕入先となっていくのです。
(2)真偽を絶対的に判定するキャラやスキル
『レンズマン』シリーズの『グレー・レンズマン』で主人公をつとめるキムポール・キニスンは、次第に精神能力を高めて、他人の記憶を読んだり、必要なら書き換えたりできるようになります。少なくとも「敵の人物が真実だと思っていること」や「受け取った視覚・聴覚情報」がわかるわけです。これは絶対的すぎるチートスキルですから、以後はダウングレードされるようになりました。いくつかの「小説家になろう」作品で、「その場にいる相手が嘘をついていればわかる」レアスキルが登場します。
(3)優秀な本人
「フッフー、この怪盗ヒトラーに盗めない作戦計画などないさ(白マントがはためく音)」といった、意思決定者本人が「情報を得るチートスキル」を持つパターンです。情報を評価・伝達する仕組み全体がショートカットされます。『デスマーチからはじまる異世界狂想曲』のサトゥーなどはいちど会った相手にマーカーをつけて脳内マップで位置を知ることができますし、本人が隠蔽している称号も(全部ではないようですが)脳内コンソールの表示で見破れます。
『超人ロック』のナガト皇帝は宇宙のあちこちで起きる問題に気付けたようですが、それを解決していく処理に疲れ果てて、そのクローンをめぐる様々な問題が生まれていきました。
(4)予言・神託スキル
悲劇の元凶となる最強外道ラスボス女王は民の為に尽くします。〜ラスボスチートと王女の権威で救える人は救いたい〜(天壱)
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は乙女ゲームの悪役への転生物ですが、この世界では女王一族の娘の誰かに予言能力が生じ、(まあ、その予言が実現したことが確認されるのが前提でしょうが)その王女が次期女王とされるのが原則です。
やがて悪逆女王となるプライド王女に転生した主人公は、すでに予知を果たし王位継承予定者となっている自分への厚遇にとまどい、その姉を倒すゲーム主人公の妹ティアラに慕われ、やがてゲームでの(ティアラの)攻略対象となる少年や青年と出会いつつ、この世界がなるだけ無事で済むよう、ゲームで描かれた様々な事件を未然に防ぐよう努めていきます。
プライドには予知能力があるというのが知られているため、ゲーム知識から得られる情報も「予知した」と言い張ってごまかせるわけです。
(5)最初から持っている
最初から持っている知識がチート要素というのは、歴史上の人物への転生物でお約束ですね。それを越える範囲ではタダの人ということもあり、それが極端であったのは『戦国自衛隊』ですね。自分が未来知識を持っていることを、その時代の人に信じてもらうことがハードルになります。拙作『なにわの総統一代記』ではシュペーアに侍医モレル博士の悪口を言って「本人ではないしイギリスのスパイでもない」と信じてもらいますが、これは『連合艦隊ついに勝つ』で同様の問題を解決したやり方を参考にしました。