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新・ガリア戦記  作者: 維岡 真
第8章 英雄と呼ばれる所以
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宴の後に

「昨日は酒がうまかった。……で、今日は“相談”だって?」


カエサルがそう言うと、集まったガリアの首領たちの間に、乾いた息が落ちた。

笑いはない。祝杯の熱はもう残っていない。


「ローマの執政官よ」

ヘドゥイー族のディウィキアクスが一歩前に出た。

「我らは、昨日の場では言えなかった。……言えば、ここにいる者の首が飛ぶからだ」


カエサルは軽く頷いた。


「首が飛ぶ話は、嫌いじゃない。短く頼む」


ディウィキアクスは、集まった顔を一度見回してから言った。


「ガリアには二つの党派がある。長くそうだった」

「一方の首位はヘドゥイーが占め、もう一方はアルウェルニーが占めていた」


別の首領が苦々しく付け足す。


「互いに覇を争い、味方を集め、敵を削った。……それ自体は昔からのことだ」


ディウィキアクスが続ける。


「だが近年、争いの“道具”が変わった」

「アルウェルニーとセークァニーが、ゲルマーニー人を雇い、迎え入れるようになったのだ」


ざわめき。言葉にした時点で、もう取り返しがつかない種類のざわめきだ。


カエサルが眉を上げる。


「雇った? 客人の数じゃないだろう」


ディウィキアクスが苦く頷く。


「最初は“助っ人”だった。だが増えた」

「次第に増えていって……今では十二万にも上る、と聞く」


別の首領が噛みつくように言う。


「十二万だぞ、執政官! 客ではない。国が、川を越えてきている!」


カエサルは指で机を二度叩いた。


「それで、お前たちはどうした」


ディウィキアクスの声が重くなる。


「ヘドゥイーと、その被護民は武力で抗った」

「……だが敗北した。貴族も、元老も、騎兵も——みな失った」


沈黙。

その「失った」は、誇張ではない。言った本人が一番よく分かっている顔だった。


ディウィキアクスが、言いにくい言葉を吐き出す。


「そして我らは誓いを立てさせられ、子を人質に出させられた」

「誓いを立てず、子を出さなかったのは——この私だけだ」


周囲の首領たちが視線を逸らす。恥ではなく、怖さで。


カエサルが静かに聞く。


「……お前だけが出さなかったのは、誇りか?」


ディウィキアクスは首を横に振る。


「誇りではない。出せなかった。——出したら戻らないと分かっていた」


そこで、セークァニー側の者が、絞るように言った。


「我らは……ヘドゥイーよりさらにみじめだ」


ディウィキアクスが頷く。


「そうだ。敗れた我らより、セークァニーはさらに酷い」


カエサルが、そこで言葉を当てた。


「ゲルマーニーの王——アリオウィストゥスか」


首領たちの顔が一斉に強張る。

名前そのものが、鞭のように空気を裂いた。


セークァニーの者が、焦ったように言う。


「その名を……軽く呼ばないでくれ。聞かれたら——」


ディウィキアクスが早口で続ける。


「アリオウィストゥスは、セークァニーの領土の三分の一を占領した」

「さらに今、残る別の三分の一からも退去を命じている」


セークァニーの者が叫びに近い声を出す。


「どこへ行けというのだ! 空へ行けというのか!」


ディウィキアクスは、畳みかけるように理由まで言う。


「二、三カ月前、ハルーデース族がアリオウィストゥスのもとへ来た」

「彼らに土地と住居を用意する必要がある、と言っている」


別の首領が呻く。


「来る。次が来る。次の次も来る」


ディウィキアクスが頷く。


「このままいけば、数年も経たずにガリア人は領地から追い出される」

「そして、ゲルマーニー人“全部”がやってくるだろう」


カエサルが軽く息を吐いた。


「……それは嫌だな。属州の隣が、もっと嫌な顔になる」


ディウィキアクスはそこで、相手の“人物像”を言葉にする。


「アリオウィストゥスは、かつてマゲトブリガの戦争でガリアの軍を破った」

「それ以来、残酷に威張って支配している」

「高貴な子を人質に取り、思い通りにならぬことがあれば癇癪を起こす。野蛮で、乱暴で……止める者がいない」


セークァニーの者が声を震わせる。


「我らの子は、あいつの前で泣くことすら許されない」


ディウィキアクスが一歩踏み込んだ。


「ローマの助けがなければ、ガリアはアリオウィストゥスに支配される」

「そして——もしこの相談が漏れたと知れば、彼は人質すべてに重刑を課す」

「それほど抑圧的だ。……我らはそれが怖い」


最後の言葉は、弱さではなく現実だった。

首領たちは勇敢に見えるが、背中には子どもの首がぶら下がっている。


カエサルはしばらく黙っていた。

怒りもしない。すぐに「助ける」とも言わない。


ただ、面白がっているようにも見える静けさで、問いだけを置いた。


「つまり、お前たちはこう言ってる」


「ヘルヴェティは止めた。次は“もっと悪い隣人”が来る」

「そして今、その喉元に刃を当ててるのがアリオウィストゥスだ」


ディウィキアクスは深く頷いた。


「その通りだ」


カエサルは小さく笑った。祝杯の笑いではない。


「……分かった。話は重い。だから、返事も軽くはしない」


そう言って、首領たちを見回す。


「だが一つだけ言える」

「脅しで人質を握る王が、属州の隣に座るのは——ローマにとっても気分が悪い」


その「気分が悪い」が、決断の合図になり得ることを、ここにいる全員が知っていた。


ディウィキアクスが、ほっと息を吐きかけて、すぐ飲み込む。


「……執政官よ」


「今日はここまでだ」カエサルが軽く手を振る。

「酒はもう要らない。地図が要る。——アリオウィストゥスの“座ってる場所”を教えろ」


首領たちが、一斉に頷いた。

会議の終わりではなく、次の戦の始まりの頷きだった。

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