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新・ガリア戦記  作者: 維岡 真
第8章 英雄と呼ばれる所以
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残れ

「……時間だ。出せ」


カエサルの一言で、前に並ばされたヘルヴェティの代表たちが合図を送った。

通訳が声を張る。


「武器の提出を開始する!」


「槍からだ! 束ねろ、地面に並べろ!」

「盾は重ねろ! 刃は布で巻け!」


ヘルヴェティ側の男が、唇を噛みながら言う。通訳が拾う。


「これで……我らは、もう戦えない」


カエサルは肩をすくめた。


「戦えなくするために集めてる。合ってるよ」


ラビエヌスが書記に目で指示する。


「数を取れ。槍、盾、剣、投槍。種類ごとに。――“隠した”が後で出てくるのが一番面倒だ」


「はい、将軍」


セリスィンは遠巻きに、その山みたいな武器の束を見ていた。

テオトニクスが囁く。


「闘技場やったら武器見たら胸高鳴るのにな。今日は……重いわ」


「……ああ」


セリスィンの返事は短い。


「次、人質!」


通訳の声に続いて、ヘルヴェティ側から若者が数人、護衛に囲まれて前へ出た。

泣く者はいない。泣く余裕がない顔だ。


代表が言う。


「これで、約束はする。……だが、我らをどうする」


カエサルは頷き、言葉を切り替えた。


「お前らは――元の居住地へ戻れ」


ざわめきが起きた。ヘルヴェティ側だけでなく、ローマの兵の間にも小さな波が立つ。

通訳が繰り返す。


「帰還だ。元の地へ戻れ、との命令だ」


代表が呻くように言う。


「我らは……町も村も焼いた。戻って何をする。石と灰しかない」


カエサルは、面倒そうにではなく、当たり前の算段として答えた。


「なら建て直せ。自分で焼いたなら、自分で建てる。簡単だろ」


代表が食い下がる。


「なぜだ。なぜ我らを“残す”」


カエサルは、今度は理由を言った。軽い声のまま、内容だけが冷たい。


「お前らが去って空白になった土地に、ライン川の向こうからゲルマンの連中が入る」


ラビエヌスが補足する。


「空いた土地は呼び水になる。来る」


カエサルが続ける。


「そいつらは、お前らより“悪い隣人”になり得る。属州にも、同盟部族にもな」


ヘドゥイー側で控えていたディウィキアクスが、静かに頷いた。


「……確かに。ゲルマンは境目を飲み込む」


カエサルはヘルヴェティ代表に言い切る。


「だからお前らは帰って、そこに座れ。緩衝帯だ。お前らの場所は、お前らのためだけじゃない」


代表の目が揺れた。屈辱と安堵が同時に入っている目だった。


「我らは……ローマの盾になるのか」


カエサルは笑いそうな息を漏らす。


「盾になれ、とは言わない。座ってろ、って言ってるだけだ。座ってれば盾になる」


テオトニクスが、セリスィンにだけ聞こえる声で言った。


「……人を“座らせる”って言い方、ほんま怖いな」


セリスィンは何も返せなかった。


代表が、別の問題を突きつける。


「帰るにも食料がない。道中で死ぬ。子どもが持たない」


カエサルは待ってましたとばかりに、別方向へ顔を向けた。


「アロブロゲース」


呼ばれた使者が一歩前に出る。


「命令だ。穀物を供出しろ。帰還するヘルヴェティに与えろ」


使者が一瞬、躊躇う。


「……属州民にも負担が——」


カエサルはあっさり遮った。


「負担だ。だから命令だ。出せ」


ラビエヌスが淡々と釘を刺す。


「拒めば、属州の秩序を乱したとみなす」


使者は顔を引き締め、頭を下げた。


「承知しました。必要量を——」


カエサルが指を立てる。


「必要量じゃない。“足りる量”だ。死なせるな。道に死体が増えると、盗賊が増える。次に困るのは俺たちだ」


セリスィンはその会話を聞いて、胸の奥が変な音を立てた。

情けではない。管理だ。だが、その管理が“生かす”側に振られている。


そこで、ディウィキアクスが一歩前へ出た。


「閣下。もう一つ、願いがある」


カエサルが顎で促す。


「言え」


ディウィキアクスは言った。


「ヘルヴェティに同行していたボイー族……あの者たちを、我らヘドゥイーが受け入れたい」


ヘルヴェティ側がざわつく。ボイー側の代表らしき男が、黙って頭を下げた。


ラビエヌスが確認する。


「意図は?」


ディウィキアクスは正直に言った。


「兵力と人口が欲しい。だが、それだけではない。彼らは戦える。取り込めば、我らの境目が厚くなる」


カエサルは少し考えるふりをして、すぐ答えた。


「いいよ。許可する」


ディウィキアクスが目を見開く。


「……感謝する」


カエサルは条件を付ける。


「ヘドゥイー領内に住まわせろ。土地を与えろ。――そして“友・同盟者”として扱え。雑に扱ったら、次はお前らが反乱の種を育てることになる」


ディウィキアクスは深く頷いた。


「約束する。準同格として遇する」


ボイー側代表が、低く言う。通訳が拾う。


「……我らは、ヘドゥイーの槍となる」


カエサルは軽く手を振った。


「槍でも鍬でもいい。勝手にやれ。ただし、ローマの方を向けるな」


その場の空気が、少しだけほどけた。


最後にカエサルが全体を見回す。


「まとめる。ヘルヴェティは武器を出した。人質も出した。期限内に揃えた。——だから降伏は受ける」


ヘルヴェティ代表が、絞るように言う。


「……帰る。だが、忘れない」


カエサルは頷いた。


「忘れなくていい。忘れない方が、次に余計なことをしない」


そして言葉を締めた。


「帰れ。建て直せ。飯はアロブロゲースが出す。ボイーはヘドゥイーに預ける。——以上だ」


テオトニクスが、セリスィンの横で小さく息を吐いた。


「……戦いが終わっても、戦いって終わらへんのやな」


セリスィンは、武器の山と、人質の列と、帰還を命じられた代表の背中を見て、ようやく言葉を出した。


「……終わらせ方が、違うんだ」


「何が」


「剣闘士は、勝ったら終わる。……カエサルは、勝ったあとも“配置”する」


テオトニクスは少し黙ってから言った。


「それが英雄ってやつなんか?」


セリスィンは答えなかった。

英雄かどうかは分からない。ただ、世界を動かしているのは確かだった。

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