残れ
「……時間だ。出せ」
カエサルの一言で、前に並ばされたヘルヴェティの代表たちが合図を送った。
通訳が声を張る。
「武器の提出を開始する!」
「槍からだ! 束ねろ、地面に並べろ!」
「盾は重ねろ! 刃は布で巻け!」
ヘルヴェティ側の男が、唇を噛みながら言う。通訳が拾う。
「これで……我らは、もう戦えない」
カエサルは肩をすくめた。
「戦えなくするために集めてる。合ってるよ」
ラビエヌスが書記に目で指示する。
「数を取れ。槍、盾、剣、投槍。種類ごとに。――“隠した”が後で出てくるのが一番面倒だ」
「はい、将軍」
セリスィンは遠巻きに、その山みたいな武器の束を見ていた。
テオトニクスが囁く。
「闘技場やったら武器見たら胸高鳴るのにな。今日は……重いわ」
「……ああ」
セリスィンの返事は短い。
「次、人質!」
通訳の声に続いて、ヘルヴェティ側から若者が数人、護衛に囲まれて前へ出た。
泣く者はいない。泣く余裕がない顔だ。
代表が言う。
「これで、約束はする。……だが、我らをどうする」
カエサルは頷き、言葉を切り替えた。
「お前らは――元の居住地へ戻れ」
ざわめきが起きた。ヘルヴェティ側だけでなく、ローマの兵の間にも小さな波が立つ。
通訳が繰り返す。
「帰還だ。元の地へ戻れ、との命令だ」
代表が呻くように言う。
「我らは……町も村も焼いた。戻って何をする。石と灰しかない」
カエサルは、面倒そうにではなく、当たり前の算段として答えた。
「なら建て直せ。自分で焼いたなら、自分で建てる。簡単だろ」
代表が食い下がる。
「なぜだ。なぜ我らを“残す”」
カエサルは、今度は理由を言った。軽い声のまま、内容だけが冷たい。
「お前らが去って空白になった土地に、ライン川の向こうからゲルマンの連中が入る」
ラビエヌスが補足する。
「空いた土地は呼び水になる。来る」
カエサルが続ける。
「そいつらは、お前らより“悪い隣人”になり得る。属州にも、同盟部族にもな」
ヘドゥイー側で控えていたディウィキアクスが、静かに頷いた。
「……確かに。ゲルマンは境目を飲み込む」
カエサルはヘルヴェティ代表に言い切る。
「だからお前らは帰って、そこに座れ。緩衝帯だ。お前らの場所は、お前らのためだけじゃない」
代表の目が揺れた。屈辱と安堵が同時に入っている目だった。
「我らは……ローマの盾になるのか」
カエサルは笑いそうな息を漏らす。
「盾になれ、とは言わない。座ってろ、って言ってるだけだ。座ってれば盾になる」
テオトニクスが、セリスィンにだけ聞こえる声で言った。
「……人を“座らせる”って言い方、ほんま怖いな」
セリスィンは何も返せなかった。
代表が、別の問題を突きつける。
「帰るにも食料がない。道中で死ぬ。子どもが持たない」
カエサルは待ってましたとばかりに、別方向へ顔を向けた。
「アロブロゲース」
呼ばれた使者が一歩前に出る。
「命令だ。穀物を供出しろ。帰還するヘルヴェティに与えろ」
使者が一瞬、躊躇う。
「……属州民にも負担が——」
カエサルはあっさり遮った。
「負担だ。だから命令だ。出せ」
ラビエヌスが淡々と釘を刺す。
「拒めば、属州の秩序を乱したとみなす」
使者は顔を引き締め、頭を下げた。
「承知しました。必要量を——」
カエサルが指を立てる。
「必要量じゃない。“足りる量”だ。死なせるな。道に死体が増えると、盗賊が増える。次に困るのは俺たちだ」
セリスィンはその会話を聞いて、胸の奥が変な音を立てた。
情けではない。管理だ。だが、その管理が“生かす”側に振られている。
そこで、ディウィキアクスが一歩前へ出た。
「閣下。もう一つ、願いがある」
カエサルが顎で促す。
「言え」
ディウィキアクスは言った。
「ヘルヴェティに同行していたボイー族……あの者たちを、我らヘドゥイーが受け入れたい」
ヘルヴェティ側がざわつく。ボイー側の代表らしき男が、黙って頭を下げた。
ラビエヌスが確認する。
「意図は?」
ディウィキアクスは正直に言った。
「兵力と人口が欲しい。だが、それだけではない。彼らは戦える。取り込めば、我らの境目が厚くなる」
カエサルは少し考えるふりをして、すぐ答えた。
「いいよ。許可する」
ディウィキアクスが目を見開く。
「……感謝する」
カエサルは条件を付ける。
「ヘドゥイー領内に住まわせろ。土地を与えろ。――そして“友・同盟者”として扱え。雑に扱ったら、次はお前らが反乱の種を育てることになる」
ディウィキアクスは深く頷いた。
「約束する。準同格として遇する」
ボイー側代表が、低く言う。通訳が拾う。
「……我らは、ヘドゥイーの槍となる」
カエサルは軽く手を振った。
「槍でも鍬でもいい。勝手にやれ。ただし、ローマの方を向けるな」
その場の空気が、少しだけほどけた。
最後にカエサルが全体を見回す。
「まとめる。ヘルヴェティは武器を出した。人質も出した。期限内に揃えた。——だから降伏は受ける」
ヘルヴェティ代表が、絞るように言う。
「……帰る。だが、忘れない」
カエサルは頷いた。
「忘れなくていい。忘れない方が、次に余計なことをしない」
そして言葉を締めた。
「帰れ。建て直せ。飯はアロブロゲースが出す。ボイーはヘドゥイーに預ける。——以上だ」
テオトニクスが、セリスィンの横で小さく息を吐いた。
「……戦いが終わっても、戦いって終わらへんのやな」
セリスィンは、武器の山と、人質の列と、帰還を命じられた代表の背中を見て、ようやく言葉を出した。
「……終わらせ方が、違うんだ」
「何が」
「剣闘士は、勝ったら終わる。……カエサルは、勝ったあとも“配置”する」
テオトニクスは少し黙ってから言った。
「それが英雄ってやつなんか?」
セリスィンは答えなかった。
英雄かどうかは分からない。ただ、世界を動かしているのは確かだった。




