ふーん
「――以上が顛末です」
ラビエヌスの報告は短く、順序が正確だった。
リンゴネースの街、ヘルヴェティの親子、セリスィンの施し、デキムスの制止、抜刀、そして自分が割って入ったこと。
天幕の中には四人。
カエサル、ラビエヌス、デキムス、セリスィン。
セリスィンは視線を上げられずにいた。
デキムスは動かない。まるで自分が正しいと言い切る姿勢で立っている。
カエサルは椅子にもたれ、報告を聞き終えると、肩を揺らして息を吐いた。
「ふーん」
怒っている様子はない。呆れている様子でもない。
ただ“聞いた”という相槌に過ぎないのに、天幕の空気が締まる。
カエサルは顎を少し上げてラビエヌスを見る。
「で、ラビエヌスはどう思う?」
ラビエヌスは一拍置き、言葉を整えた。
「まず、セリスィン」
セリスィンの喉が鳴る。
「デキムスが言う通り、隊列の命令を破ったことは重い。閣下がリンゴネースへ送った言葉を、現場で踏んだ」
セリスィンは言い返したい衝動が湧いたが、飲み込んだ。
ここで言い返せば、また“個人の正しさ”を優先するだけになる。
ラビエヌスは続ける。
「次に、デキムス」
デキムスの目だけが動く。
「彼もまた、勝手な判断でセリスィンを罰そうとした。仲間同士の無暗な戦いはよくない。指揮系統を壊します」
デキムスが口を開く。
「俺は——」
「黙れ」
ラビエヌスは淡々と言った。怒鳴らないのに、止まる。
そして、ラビエヌスは最後に付け加えた。
「そして……それらを止めることができなかった副将の私の罪も、少なからずあります」
セリスィンは顔を上げた。
自分の責任を認める副将。そんな形の“盾”があることを、まだ知らなかった。
カエサルは指で膝を二回叩き、軽く頷いた。
「よし、わかった」
その“わかった”は裁判の終わりの言葉だった。
「じゃあ罰として、ラビエヌスに二人の罰を決めてもらう」
ラビエヌスが一瞬だけ目を細める。
だが否定しない。受ける。責任を受ける。
カエサルは手をひらりと振った。
「この話はここまで」
話題を切るのが、あまりにも早い。
「今いるヘルヴェティには飯を配るぞ」
セリスィンは思わず口を開いた。
「……ヘルヴェティは、助けないんじゃ」
カエサルがセリスィンを見た。責める目じゃない。子どもの質問を見る目でもない。
ただ、戦の現実を見る目。
「どのみち、降伏してるやつらは助けるつもりだった」
さらりと言ってのける。
「逃げたやつは、その限りではないがな」
その線引きが、あまりにも明確で、セリスィンは言葉を失った。
優しさでも残酷さでもない。“区分け”だ。生きる者を管理する区分け。
カエサルは立ち上がり、外套を掴む。
「行くぞ。配れ。——腹が空くと、また剣が抜ける」
最後の一言だけ、冗談みたいに軽かった。
カエサルが天幕を出る間際、振り返ってラビエヌスだけを手招きした。
「ラビエヌス。残れ」
デキムスとセリスィンは外へ下がらされる。
出る前に、セリスィンは一瞬だけ中を見た。デキムスの顔は硬い。自分の顔は多分、もっとひどい。
天幕の布が落ち、二人きりになる。
カエサルの声が、少しだけ落ちる。軽口の皮が薄くなる。
「あいつらって、何歳だっけ」
ラビエヌスが答える。
「デキムスが二十七歳で、セリスィンは十七歳だったかと」
「若いってのはいいねえ」
カエサルは笑った……ようにも聞こえた。だが笑いではなかった。
どこか遠いものを見ている声。
そして続ける。
「……いつからだっけ」
指で机の端をなぞる音がする。
「俺たちが、本気で命を取ることに、何も思わなくなったのは」
ラビエヌスは返せなかった。
返した瞬間、自分もその側に立っていると認めることになる。
黙るしかない。黙って、受けるしかない。
天幕の外では、配給の声が上がり始めていた。
パンを配る声。水を配る声。生かす声。
セリスィンはその音を聞きながら、胸の中で何かがゆっくり割れていくのを感じていた。
助けると命令する男と、助けたことで罰されるかもしれない自分。
その矛盾の真ん中に、自分が立っている。




