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新・ガリア戦記  作者: 維岡 真
第8章 英雄と呼ばれる所以
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ふーん

「――以上が顛末です」


ラビエヌスの報告は短く、順序が正確だった。

リンゴネースの街、ヘルヴェティの親子、セリスィンの施し、デキムスの制止、抜刀、そして自分が割って入ったこと。


天幕の中には四人。

カエサル、ラビエヌス、デキムス、セリスィン。


セリスィンは視線を上げられずにいた。

デキムスは動かない。まるで自分が正しいと言い切る姿勢で立っている。


カエサルは椅子にもたれ、報告を聞き終えると、肩を揺らして息を吐いた。


「ふーん」


怒っている様子はない。呆れている様子でもない。

ただ“聞いた”という相槌に過ぎないのに、天幕の空気が締まる。


カエサルは顎を少し上げてラビエヌスを見る。


「で、ラビエヌスはどう思う?」


ラビエヌスは一拍置き、言葉を整えた。


「まず、セリスィン」


セリスィンの喉が鳴る。


「デキムスが言う通り、隊列の命令を破ったことは重い。閣下がリンゴネースへ送った言葉を、現場で踏んだ」


セリスィンは言い返したい衝動が湧いたが、飲み込んだ。

ここで言い返せば、また“個人の正しさ”を優先するだけになる。


ラビエヌスは続ける。


「次に、デキムス」


デキムスの目だけが動く。


「彼もまた、勝手な判断でセリスィンを罰そうとした。仲間同士の無暗な戦いはよくない。指揮系統を壊します」


デキムスが口を開く。


「俺は——」


「黙れ」

ラビエヌスは淡々と言った。怒鳴らないのに、止まる。


そして、ラビエヌスは最後に付け加えた。


「そして……それらを止めることができなかった副将の私の罪も、少なからずあります」


セリスィンは顔を上げた。

自分の責任を認める副将。そんな形の“盾”があることを、まだ知らなかった。


カエサルは指で膝を二回叩き、軽く頷いた。


「よし、わかった」


その“わかった”は裁判の終わりの言葉だった。


「じゃあ罰として、ラビエヌスに二人の罰を決めてもらう」


ラビエヌスが一瞬だけ目を細める。

だが否定しない。受ける。責任を受ける。


カエサルは手をひらりと振った。


「この話はここまで」


話題を切るのが、あまりにも早い。


「今いるヘルヴェティには飯を配るぞ」


セリスィンは思わず口を開いた。


「……ヘルヴェティは、助けないんじゃ」


カエサルがセリスィンを見た。責める目じゃない。子どもの質問を見る目でもない。

ただ、戦の現実を見る目。


「どのみち、降伏してるやつらは助けるつもりだった」


さらりと言ってのける。


「逃げたやつは、その限りではないがな」


その線引きが、あまりにも明確で、セリスィンは言葉を失った。

優しさでも残酷さでもない。“区分け”だ。生きる者を管理する区分け。


カエサルは立ち上がり、外套を掴む。


「行くぞ。配れ。——腹が空くと、また剣が抜ける」


最後の一言だけ、冗談みたいに軽かった。


カエサルが天幕を出る間際、振り返ってラビエヌスだけを手招きした。


「ラビエヌス。残れ」


デキムスとセリスィンは外へ下がらされる。

出る前に、セリスィンは一瞬だけ中を見た。デキムスの顔は硬い。自分の顔は多分、もっとひどい。


天幕の布が落ち、二人きりになる。


カエサルの声が、少しだけ落ちる。軽口の皮が薄くなる。


「あいつらって、何歳だっけ」


ラビエヌスが答える。


「デキムスが二十七歳で、セリスィンは十七歳だったかと」


「若いってのはいいねえ」


カエサルは笑った……ようにも聞こえた。だが笑いではなかった。

どこか遠いものを見ている声。


そして続ける。


「……いつからだっけ」


指で机の端をなぞる音がする。


「俺たちが、本気で命を取ることに、何も思わなくなったのは」


ラビエヌスは返せなかった。


返した瞬間、自分もその側に立っていると認めることになる。

黙るしかない。黙って、受けるしかない。


天幕の外では、配給の声が上がり始めていた。

パンを配る声。水を配る声。生かす声。


セリスィンはその音を聞きながら、胸の中で何かがゆっくり割れていくのを感じていた。

助けると命令する男と、助けたことで罰されるかもしれない自分。


その矛盾の真ん中に、自分が立っている。

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