静かな剣戟
剣が抜かれたあの金属音のあと、街の音が一段落ちた。
泣き声すら遠のき、誰も大きく息をしない。
テオトニクスが低く唸る。
「……セリスィン、やめとけ。ここでやり合ったら——」
セリスィンは振り向かず、デキムスだけを見た。
「選べって言ったな」
「言った」
デキムスの剣先はまだ低い。だが足は半歩、もう入っている。
セリスィンは息を吐き、抜いた。
剣は静かに切られた。
答えとしての一閃。
「——っ」
刃が走る。
デキムスは難なく受けた。受けるというより、そこに刃を“置いた”。
流れるように滑らせ、セリスィンの剣を外へ逃がす。無駄がない。角度だけで勝つ動き。
セリスィンが二の太刀を繋ぐ。
三の太刀で距離を詰める。
だがデキムスは詰めさせない。盾もないのに、剣一本で間合いを支配する。
一合、二合——そして、セリスィンの喉元に冷たい線が来た。
剣が、首の手前で止まる。
デキムスが言った。
「……1回」
セリスィンは息が詰まる。
デキムスは淡々と剣を引き、今度はセリスィンの胸へ切っ先を掲げた。ほんの数寸で刺さる位置。
「2回目だ。本来なら、お前は2回死んでる」
テオトニクスが叫びかける。
「デキムス——!」
「黙れ」デキムスは視線も向けずに言う。「邪魔をするな」
セリスィンが歯を食いしばって吐き捨てた。
「……手を抜く方が悪い」
「ほう」
「抜かれた優しさで生き残るくらいなら、斬られた方がマシだ」
その言葉と一緒に、セリスィンの動きが変わった。
闘技場で叩き込まれた“型”を捨てる。見栄も捨てる。
野生のころの剣——生きるためだけの剣。
踏み込みが荒い。間合いの読みも粗い。
でも、怖さがない。
「——ッ!」
セリスィンは刃を振り回すのではなく、相手の足場を削るように打ち込んだ。
一撃ごとに位置をずらし、次の角度を作る。理屈ではなく、執念で前へ出る。
デキムスの眉が、ほんの少しだけ動いた。
「……それだ」
デキムスは後ろへ退かない。だが、初めて“受け”が増えた。
剣を弾き、受け、流し、さばく。
テオトニクスが息を呑む。
「おい……防いどるぞ、あいつ」
セリスィンは畳みかけた。
一瞬、刃がデキムスの肩口へ入る角度ができる。
(止めだ——)
そう思った矢先。
デキムスの剣が短く走った。
刃と刃が噛み合う瞬間に、力で押さず、角度だけで返す。
カウンター。
セリスィンの手首が痺れ、剣が指からほどけた。
乾いた音を立てて、剣が地に落ちる。
「……っ!」
セリスィンが半歩下がったところへ、デキムスの切っ先が喉元に来る。今度は止まらない距離。
デキムスが言った。
「どうだ。心変わりはしたか?」
セリスィンは喉を鳴らしながらも、目を逸らさない。
「……しない」
「そうか」
デキムスの声には失望も怒りもない。あるのは“処理”の冷たさだった。
剣が、わずかに上がる。
テオトニクスが叫ぶ。
「やめろ、デキムス! こんなん——」
その瞬間、別の影が二人の間へ滑り込んだ。
「そこまでだ」
低く、よく通る声。
ラビエヌスだった。
剣は抜いていない。ただ立っているだけで、場の温度が変わる。
デキムスの剣が止まる。
セリスィンも息を止めたまま、ラビエヌスを見た。
ラビエヌスはセリスィンの落ちた剣に目を落とし、次にデキムスへ視線を戻す。
「デキムス。——お前、何をしている」
デキムスは一拍置き、剣先をわずかに下げた。
「命令違反の処置だ」
ラビエヌスの声がさらに低くなる。
「処置は、お前の役目じゃない」
沈黙が落ちた。
リンゴネースの住人も、ヘルヴェティの子どもも、誰も動けない。
テオトニクスが、ようやく息を吐いた。
「……助かった、か?」
セリスィンは答えられない。
助かったのか、もっと重いものが来たのか——まだ分からない。
ラビエヌスが言った。
「剣を収めろ。二人ともだ。——閣下の前で話す」
デキムスの目が細くなる。
セリスィンは、地に落ちた剣を見たまま動けない。
次に何が“命令”として降りるのか。
それがこの街の空気を、さらに凍らせていた。




