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新・ガリア戦記  作者: 維岡 真
第8章 英雄と呼ばれる所以
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同罪

「……また出た」


「武器は?」


「ない。手ぇ上げてる」


「縛れ。列の端だ、離すな」


「……はい」


捕虜の列は、歩けば歩くほど増えた。

そして、リンゴネース族の土地が近づくにつれ、降伏の仕方が“戦う者”ではなく“生き延びたい者”のそれに変わっていった。


「なあセリスィン、顔色やばいぞ」

テオトニクスが小声で言う。


「……平気だ」


「平気ちゃう顔しとる」


返しても、セリスィンの声は乾いたままだった。


「リンゴネースの街だ」


先頭の兵が言った瞬間、隊列の空気が変わった。


「……なんやこれ」

テオトニクスの声が、珍しく低い。


街の入口から“中”が見えた。いや、街そのものが見せてきた。


「家に入ってない……?」

誰かが呟く。


「倒れてるの、みんなヘルヴェティだ……」

別の誰かが言う。


「子ども……泣いてるぞ」


泣き声は、戦場の叫びと違っていた。

強さじゃなく、体力の無さが滲む泣き方だった。


リンゴネースの住人たちは、道を空けていた。誰も止めない。誰も助けない。助ける動きをした瞬間に、周りの目が止める。


「見て見ぬふりしてるわけじゃないな」

テオトニクスが言う。


「……できないんだ」

セリスィンが、かすれた声で返す。


「せやけど、これ……」


街角には布切れが落ちている。包帯みたいに裂かれた布。乾いた薬草の束。水袋の端切れ。

“明らかに”リンゴネース側が出したものも混じっている。


「食い物は出せへん。でも、衣服とか薬は……ってことか」

テオトニクスが唇を噛んだ。


「カエサルの使者、来てたからな」

兵がぼそっと言う。

「“ヘルヴェティに食い物を与えるな。与える奴は同罪”……って」


その言葉が、街の空気を説明してしまった。


「おい、見るな」

テオトニクスがセリスィンの肩を掴む。


「……」


「おい。セリスィン。お前、あっち行くな」


セリスィンの視線が、ある親子に吸い寄せられていた。


倒れている母親。

その両脇に、男の子と女の子が寄り添うように丸まり、もう泣く力もない顔で呼吸している。


「……おい」


テオトニクスが強めに言う。


「行くなって。……行ったら、お前、戻ってこれん」


セリスィンは、テオトニクスの手を外した。


「戻るとか戻らないとか、もう——」


言葉が途切れた。続きが、自分でも分からない。


セリスィンは歩いた。

一直線に、その親子へ。


「おい、待てって!」

テオトニクスが追う。


セリスィンは膝をつき、自分の袋を開けた。乾いたパンの欠片、水の残り、握り飯のように固めた何か。

戦場で拾った命の分だけ、少ない。


「……食え」


母親の唇に水を当てる。反応が薄い。

子どもが目だけ動かして、セリスィンを見る。


「いま、これしかない」


子どもは手を伸ばす。指が震えている。


「セリスィン、やめろ!」

テオトニクスが声を荒げた。

「命令、聞いたやろ!」


セリスィンは、子どもの手にパンを押し込む。


「命令がどうした」


その瞬間、後ろから低い声が落ちた。


「……リンゴネースに、“ものを与えるな”って言ったよな」


デキムスだった。


セリスィンが振り返る前に、デキムスの手が肩に置かれる。強くはない。だが、逃げられない置き方だ。


「“ヘルヴェティに食い物を与える奴は同罪”だ」

デキムスは淡々と言った。

「俺が言ったんじゃない。閣下が言った」


セリスィンは、肩の手を力任せに払い落とした。


「罰するなら罰せ」


「……そうか」


デキムスの声が一段冷えた。


「お前、いま何をしたか分かって言ってるか?」


セリスィンは立ち上がった。顔は真っ白で、目だけが赤い。


「分かってる」

「分かってるからやった」


テオトニクスが間に入ろうとする。


「デキムス、ちょ……」


デキムスはテオトニクスを手で制し、セリスィンだけを見る。


「俺はな」


デキムスは腰の剣に手をかけた。


「今までお前には思うところがあった。だが、それも最初の戦場の甘さだと見過ごしてきた」


そして、鞘走り。


剣が抜かれる金属音が、街の沈黙を裂いた。


「だが今のは違う」

デキムスは剣先を下げたまま言う。

「命令を踏んだ。味方の首を危険に出した。——お前の“善意”でだ」


セリスィンは一歩も退かなかった。

背後の子どもが、パンを握ったまま固まっている。


テオトニクスが歯を食いしばる。


「……ここでやるんかよ」


デキムスは短く言った。


「ここだからだ」


セリスィンが、掠れた声で言う。


「俺は……もう見ないふりはできない」


デキムスの目が細くなる。


「なら、見たまま死ぬか。——見たまま生きるために従うか。選べ」


剣先がわずかに上がった。

威嚇じゃない。次で切れる角度。


セリスィンの手が、剣帯へ伸びかけて止まる。

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