同罪
「……また出た」
「武器は?」
「ない。手ぇ上げてる」
「縛れ。列の端だ、離すな」
「……はい」
捕虜の列は、歩けば歩くほど増えた。
そして、リンゴネース族の土地が近づくにつれ、降伏の仕方が“戦う者”ではなく“生き延びたい者”のそれに変わっていった。
「なあセリスィン、顔色やばいぞ」
テオトニクスが小声で言う。
「……平気だ」
「平気ちゃう顔しとる」
返しても、セリスィンの声は乾いたままだった。
「リンゴネースの街だ」
先頭の兵が言った瞬間、隊列の空気が変わった。
「……なんやこれ」
テオトニクスの声が、珍しく低い。
街の入口から“中”が見えた。いや、街そのものが見せてきた。
「家に入ってない……?」
誰かが呟く。
「倒れてるの、みんなヘルヴェティだ……」
別の誰かが言う。
「子ども……泣いてるぞ」
泣き声は、戦場の叫びと違っていた。
強さじゃなく、体力の無さが滲む泣き方だった。
リンゴネースの住人たちは、道を空けていた。誰も止めない。誰も助けない。助ける動きをした瞬間に、周りの目が止める。
「見て見ぬふりしてるわけじゃないな」
テオトニクスが言う。
「……できないんだ」
セリスィンが、かすれた声で返す。
「せやけど、これ……」
街角には布切れが落ちている。包帯みたいに裂かれた布。乾いた薬草の束。水袋の端切れ。
“明らかに”リンゴネース側が出したものも混じっている。
「食い物は出せへん。でも、衣服とか薬は……ってことか」
テオトニクスが唇を噛んだ。
「カエサルの使者、来てたからな」
兵がぼそっと言う。
「“ヘルヴェティに食い物を与えるな。与える奴は同罪”……って」
その言葉が、街の空気を説明してしまった。
「おい、見るな」
テオトニクスがセリスィンの肩を掴む。
「……」
「おい。セリスィン。お前、あっち行くな」
セリスィンの視線が、ある親子に吸い寄せられていた。
倒れている母親。
その両脇に、男の子と女の子が寄り添うように丸まり、もう泣く力もない顔で呼吸している。
「……おい」
テオトニクスが強めに言う。
「行くなって。……行ったら、お前、戻ってこれん」
セリスィンは、テオトニクスの手を外した。
「戻るとか戻らないとか、もう——」
言葉が途切れた。続きが、自分でも分からない。
セリスィンは歩いた。
一直線に、その親子へ。
「おい、待てって!」
テオトニクスが追う。
セリスィンは膝をつき、自分の袋を開けた。乾いたパンの欠片、水の残り、握り飯のように固めた何か。
戦場で拾った命の分だけ、少ない。
「……食え」
母親の唇に水を当てる。反応が薄い。
子どもが目だけ動かして、セリスィンを見る。
「いま、これしかない」
子どもは手を伸ばす。指が震えている。
「セリスィン、やめろ!」
テオトニクスが声を荒げた。
「命令、聞いたやろ!」
セリスィンは、子どもの手にパンを押し込む。
「命令がどうした」
その瞬間、後ろから低い声が落ちた。
「……リンゴネースに、“ものを与えるな”って言ったよな」
デキムスだった。
セリスィンが振り返る前に、デキムスの手が肩に置かれる。強くはない。だが、逃げられない置き方だ。
「“ヘルヴェティに食い物を与える奴は同罪”だ」
デキムスは淡々と言った。
「俺が言ったんじゃない。閣下が言った」
セリスィンは、肩の手を力任せに払い落とした。
「罰するなら罰せ」
「……そうか」
デキムスの声が一段冷えた。
「お前、いま何をしたか分かって言ってるか?」
セリスィンは立ち上がった。顔は真っ白で、目だけが赤い。
「分かってる」
「分かってるからやった」
テオトニクスが間に入ろうとする。
「デキムス、ちょ……」
デキムスはテオトニクスを手で制し、セリスィンだけを見る。
「俺はな」
デキムスは腰の剣に手をかけた。
「今までお前には思うところがあった。だが、それも最初の戦場の甘さだと見過ごしてきた」
そして、鞘走り。
剣が抜かれる金属音が、街の沈黙を裂いた。
「だが今のは違う」
デキムスは剣先を下げたまま言う。
「命令を踏んだ。味方の首を危険に出した。——お前の“善意”でだ」
セリスィンは一歩も退かなかった。
背後の子どもが、パンを握ったまま固まっている。
テオトニクスが歯を食いしばる。
「……ここでやるんかよ」
デキムスは短く言った。
「ここだからだ」
セリスィンが、掠れた声で言う。
「俺は……もう見ないふりはできない」
デキムスの目が細くなる。
「なら、見たまま死ぬか。——見たまま生きるために従うか。選べ」
剣先がわずかに上がった。
威嚇じゃない。次で切れる角度。
セリスィンの手が、剣帯へ伸びかけて止まる。




