同盟者の腹の中
「――で、リスクス。穀物が来ない理由は“怠け”じゃないんだな?」
カエサルの声は軽い。だが、軽さの下に釘が打ってある。
「……はい。怠けではありません」
リスクス(ウェルゴブレトゥス)は喉を鳴らし、視線を伏せた。
「“止められている”のです。意図的に」
ディウィキアクスが苦い顔で言う。
「何度も命じた。だが命令が届かない。俺の言葉が、村まで落ちていかない」
カエサルは顎を少し上げる。
「誰が落とさせない?」
リスクスが、息を吸って吐いた。
「ドゥムノリクスです」
ディウィキアクスが一瞬、目を閉じた。
「……俺の弟だ」
リスクスは、言葉を選びながら、しかし一気に吐き出す。
「ドゥムノリクスは長年、我が部族の関税や、あらゆる税を――安い指値で買い受けてきました」
「税を、買う?」カエサルが首を傾げる。
ディウィキアクスが説明する。
「徴税権だ。部族が集めるはずの取り分を、先に金で“買って”、徴収は自分でやる。上手くやれば差が儲けになる」
カエサルが小さく息を漏らす。感心とも嘲りともつかない。
「なるほど。金で口を増やしたわけか」
リスクスが続ける。
「儲けで家財を増やし、同時に“気前”を見せる財力を掴みました。祭り、贈り物、借金の肩代わり……民衆は恩を感じます」
「それだけではありません。自費で多数の騎兵を養っています。彼の家の騎兵は、我らの“部族の騎兵”より動きます」
ディウィキアクスが、悔しそうに噛む。
「……速い。命令が速いんじゃない。金が速い」
カエサルは指を鳴らした。
「金で騎兵。金で民衆。そこまでは分かりやすい。だが、他の部族まで巻き込むには足りない。顔が利く理由は?」
リスクスが言う。
「婚姻です。勢力拡大のために、母や同腹の姉妹、親戚の女を、あちこちに嫁がせました」
ディウィキアクスが目を開き、苦しそうに付け足す。
「……親戚になれば、争いは減る。少なくとも表向きはな」
カエサルが淡々と尋ねる。
「ヘルヴェティとも、それで?」
リスクスが頷く。
「はい。その親戚関係から、ヘルヴェティと親しくなりました。取引も増え、信用も増えた。……そして逆に、ローマに対しては思うところが強くなった」
「思うところ?」カエサルが軽く聞き返す。
ディウィキアクスが絞り出すように言う。
「俺がローマと結び、名誉ある地位を得た時期があった。だが内紛で弱った。弟はそれを見ていた」
「ローマが来れば、弟のやり方は通じなくなる。徴税も騎兵も“自由”もな」
「そして――ローマが来れば、俺がまた“以前の地位”に戻る。弟はそれが気に食わない」
カエサルは、納得したように肩をすくめた。
「自分の勢力が弱まる。兄の名誉が戻る。……動機としては十分だ」
リスクスが、さらに踏み込む。ここからが本題だ、と声が硬くなる。
「閣下。数日前、我らが助けとして出した騎兵が崩れた件……」
「その騎兵――ヘドゥイーの騎兵を含む混成四千を、指揮していたのはドゥムノリクスでした」
天幕の空気が一段冷えた。
ディウィキアクスが即座に言う。
「……そんなはずは――」
リスクスが遮る。
「証言が揃っています。彼の家の騎兵が前に出て、彼が指示を出していた。こちらの騎兵長も見ている」
カエサルは静かに聞く。怒りを乗せずに、刃だけを立てて。
「それで? 負けた理由は地形だけじゃないんだろ」
リスクスは唇を噛み、言った。
「ドゥムノリクスが……真っ先に逃げました」
ディウィキアクスの顔が歪む。
「……弟が?」
「はい。退却の合図も整えず、最初に背を向けた」
リスクスの声が低くなる。
「それを見て、騎兵が――おじけづいたのです。混成の隊は、中心が折れれば一気に崩れます。『指揮官が逃げた』という噂は、槍より速い」
カエサルは一拍置いて、笑いもせずに言った。
「分かった。つまり、俺の目の前の問題は二つだ」
「穀物を止める内通と、騎兵を折る内通。どっちも同じ名前で繋がってる」
ディウィキアクスが前に出る。声が震えている。
「……閣下、頼む。俺が説得する。俺に――」
カエサルはディウィキアクスを見た。目が優しいわけじゃない。だが、敵を見る目でもない。
「説得はさせる。だが順番がある」
「まず俺が会う。お前の“弟”じゃなく、俺の“同盟者の男”としてな」
リスクスが息を呑む。
「それは……部族が割れます」
カエサルは軽く手を振った。
「割れたままでも使える形にする。腹が減ってるんだ。俺の兵は、議論で腹は膨れない」
そして、いつもの軽い調子に戻すみたいに結んだ。
「――連れてこい。ドゥムノリクスを」




