表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新・ガリア戦記  作者: 維岡 真
第7章 初めての戦場
82/165

同盟者の腹の中

「――で、リスクス。穀物が来ない理由は“怠け”じゃないんだな?」


カエサルの声は軽い。だが、軽さの下に釘が打ってある。


「……はい。怠けではありません」

リスクス(ウェルゴブレトゥス)は喉を鳴らし、視線を伏せた。

「“止められている”のです。意図的に」


ディウィキアクスが苦い顔で言う。

「何度も命じた。だが命令が届かない。俺の言葉が、村まで落ちていかない」


カエサルは顎を少し上げる。

「誰が落とさせない?」


リスクスが、息を吸って吐いた。

「ドゥムノリクスです」


ディウィキアクスが一瞬、目を閉じた。

「……俺の弟だ」


リスクスは、言葉を選びながら、しかし一気に吐き出す。


「ドゥムノリクスは長年、我が部族の関税や、あらゆる税を――安い指値で買い受けてきました」


「税を、買う?」カエサルが首を傾げる。


ディウィキアクスが説明する。

「徴税権だ。部族が集めるはずの取り分を、先に金で“買って”、徴収は自分でやる。上手くやれば差が儲けになる」


カエサルが小さく息を漏らす。感心とも嘲りともつかない。

「なるほど。金で口を増やしたわけか」


リスクスが続ける。

「儲けで家財を増やし、同時に“気前”を見せる財力を掴みました。祭り、贈り物、借金の肩代わり……民衆は恩を感じます」

「それだけではありません。自費で多数の騎兵を養っています。彼の家の騎兵は、我らの“部族の騎兵”より動きます」


ディウィキアクスが、悔しそうに噛む。

「……速い。命令が速いんじゃない。金が速い」


カエサルは指を鳴らした。

「金で騎兵。金で民衆。そこまでは分かりやすい。だが、他の部族まで巻き込むには足りない。顔が利く理由は?」


リスクスが言う。

「婚姻です。勢力拡大のために、母や同腹の姉妹、親戚の女を、あちこちに嫁がせました」


ディウィキアクスが目を開き、苦しそうに付け足す。

「……親戚になれば、争いは減る。少なくとも表向きはな」


カエサルが淡々と尋ねる。

「ヘルヴェティとも、それで?」


リスクスが頷く。

「はい。その親戚関係から、ヘルヴェティと親しくなりました。取引も増え、信用も増えた。……そして逆に、ローマに対しては思うところが強くなった」


「思うところ?」カエサルが軽く聞き返す。


ディウィキアクスが絞り出すように言う。

「俺がローマと結び、名誉ある地位を得た時期があった。だが内紛で弱った。弟はそれを見ていた」

「ローマが来れば、弟のやり方は通じなくなる。徴税も騎兵も“自由”もな」

「そして――ローマが来れば、俺がまた“以前の地位”に戻る。弟はそれが気に食わない」


カエサルは、納得したように肩をすくめた。

「自分の勢力が弱まる。兄の名誉が戻る。……動機としては十分だ」


リスクスが、さらに踏み込む。ここからが本題だ、と声が硬くなる。

「閣下。数日前、我らが助けとして出した騎兵が崩れた件……」

「その騎兵――ヘドゥイーの騎兵を含む混成四千を、指揮していたのはドゥムノリクスでした」


天幕の空気が一段冷えた。


ディウィキアクスが即座に言う。

「……そんなはずは――」


リスクスが遮る。

「証言が揃っています。彼の家の騎兵が前に出て、彼が指示を出していた。こちらの騎兵長も見ている」


カエサルは静かに聞く。怒りを乗せずに、刃だけを立てて。

「それで? 負けた理由は地形だけじゃないんだろ」


リスクスは唇を噛み、言った。

「ドゥムノリクスが……真っ先に逃げました」


ディウィキアクスの顔が歪む。

「……弟が?」


「はい。退却の合図も整えず、最初に背を向けた」

リスクスの声が低くなる。

「それを見て、騎兵が――おじけづいたのです。混成の隊は、中心が折れれば一気に崩れます。『指揮官が逃げた』という噂は、槍より速い」


カエサルは一拍置いて、笑いもせずに言った。

「分かった。つまり、俺の目の前の問題は二つだ」

「穀物を止める内通と、騎兵を折る内通。どっちも同じ名前で繋がってる」


ディウィキアクスが前に出る。声が震えている。

「……閣下、頼む。俺が説得する。俺に――」


カエサルはディウィキアクスを見た。目が優しいわけじゃない。だが、敵を見る目でもない。

「説得はさせる。だが順番がある」

「まず俺が会う。お前の“弟”じゃなく、俺の“同盟者の男”としてな」


リスクスが息を呑む。

「それは……部族が割れます」


カエサルは軽く手を振った。

「割れたままでも使える形にする。腹が減ってるんだ。俺の兵は、議論で腹は膨れない」


そして、いつもの軽い調子に戻すみたいに結んだ。


「――連れてこい。ドゥムノリクスを」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ