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新・ガリア戦記  作者: 維岡 真
第1章 無名の孤児
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ひとりでに歩き始める

「くっ」

 なんとかダグラスの剣戟を捌けたのか飛ばされたものの体勢を立て直した。

 ーーだけど。

 セリスィンはあることに気づく。

 自分の持っていた剣がダグラスの足元に落ちている。

 ダグラスはニヤリと笑ってセリスィンを挑発する。急いで剣にかけようとするもそれをダグラスが拾う。

 左右両方に剣を握ったダグラスと剣を持たないセリスィン。

 こうなってしまえば勝負はついたも同然だった。

「あばよ」

 ダグラスがゆっくりとセリスィンの方に歩いてくる。

「勝負あったか……」

 シリアスはそう呟く。カタルスは黙って行く末を見つめた。

 ーーくそ。

 セリスィンは自分に悪態をつく。

 ーーこのまま負けるしかないのか。

 セリスィンは昔の自分、そしていじめられていたケプトの姿を思い出していた。

 ーー嫌だな。

 そう思った瞬間には体が動いていた。あろうことか生身のセリスィンの方がダグラスに向かって行ったのだ。

「おいおいまだやろうってのか」

 ダグラス一派が嘲笑する。

 しかしセリスィンは構わず突進を続けた。

「ぬるいな」

 ダグラスは両の剣を構えて剣戟を振るった。

 しかし、その剣は空をさき体勢が崩れる。

「?」

 何が起こったのかわからないダグラスにさらなる仕打ちが待っている。

 回り込んだセリスィンの足蹴がダグラスに決まり彼は膝を落とした。

 皆何が起こったのかわからない様子。

「野生か」

 カタルスはそう言った。

「どういうことだ?」

 思わずシリアスが聞き返す。

「あいつはそもそも剣闘士ではなく孤児として育って来た」

 カタルスは続ける。

「つまり剣が邪魔だったんだあいつにとって」

「そんな」

 二人は戦況を見つめる。

「クソが」

 剣を地面につけセリスィンを睨むダグラス。相手は裸の青年一人。剣が二つあるこっちが負けるはずない。

 もう一度目標を見定めてダグラスは剣を振るった。

 しかしまたも剣は宙をさきセリスィンには当たらなかった。

 そしてセリスィンの肘打ちがダグラスの背中に叩き込まれる。

 ダグラスは思わず息を飲んでそして咳き込んだ。

「あいつ剣がない方が強いじゃん」

 いつしかダグラス一派とシリアスやカタルス以外の聴衆も二人の戦いに見入っていた。そして何よりセリスィンの出鱈目な戦いぶりに喝采の声も大きくなっていく。

「なんだってんだ」

 ダグラス一派の者たちは何が何だかわからない表情で互いの顔を見合わせていた。

 剣の腕ならシリアスに引けを取らないダグラスが剣を持っていない少年見習い剣闘士に押されている。

 施設を二分した組織の片方のリーダーがそのような醜態を見せることはあってはならなかった。そのためかいつしか一派の者たちや野次というよりダグラスを後押しするような声を彼に浴びせていた。

 ダグラスの表情からは笑みが消え、セリスィンから目を離さないように深く呼吸をついた。

 からり、と片方の剣を置きダグラスはしっかりと剣を構える。

 それは見下した相手にとる構えではなく戦場で出会った敵兵に対する者のそれであった。

 セリスィンはいつしかダグラスとした約束の戦いであること、否相手がダグラスであるということさえも忘れてただ集中していた。自分の動きがいつもに増して調子いいなどと思わず、ただ思うがままに自身の体を動かしていた。

「っつ」

 ダグラスが剣を当てようとセリスィンに攻撃を浴びせる。上へ下へ右へ斜めへ。

 セリスィンも集中して地面と対話しながらその一撃一撃を見定めて上手に躱していく。

「面白い」

 カタルスがそっと呟いた。

 シリアスは寡黙な男の横顔を見て、その男が見つめる戦況を向く。

 いつしか戦いは長期になり二人だけの世界が広がっていた。

 聴衆も皆見入りそれが訓練であることを忘れていた。

「これが」

 そんな中事の発端の中心にいるはずのケプトは呆然と戦いを見ていた。

「剣闘士か」

 二人が遥か遠くにいる感じがしたケプトは違う意味でこの先の剣闘士として自分がやっていく姿が見えなくなっていた。


  ◇   ◇   ◇


 こうした互角の勝負はひょんな事で決着がつくものである。

 セリスィンが避ける途中に足を滑らせて体勢を崩す。

 これまでかなりの集中力と剣戟から避ける体術で疲労が溜まっていたのか。

 セリスィンはようやくそこで自分が生身の人間であることを認識した。

「しまっ」

「もらった」

 ダグラスがその隙を見逃さず剣を振るう。迫り来る剣にセリスィンはなぜかジムージーの姿が重なった。

 町の広場で戦い自分を無理やりこの世界に連れ込んだ張本人。

 彼は、

「お前だけのホノルル・クルムスを見つけろ」

 と、言った。

 手が真っ先に動いた。

 自分の利き腕を犠牲にして木剣を防ぎそしてダグラスの顔の眼前のところで両の目を突き破ろうとする指先を止めた。

 お互いがお互いを見定めてその体勢から動かず沈黙が流れた。

「戦いやめぇ」

 沈黙を破ったのは教官のグラシアムだった。

「時間だ。次の戦いに支える」 

 そこで緊張の糸が突然切れたように二人は我にかえる。

「待て」

 真っ先に口を開いたのはダグラスだった。

「どっちの勝ちだ」

 するとグラシアムはダグラスを見ながら、

「それはお前自身が一番よくわかっているんじゃないか」

 と言った。

「最後の一撃はセリスィンの利き腕に入った。本来の刀剣なら彼の右腕は吹き飛んでいる。だが」

 セリスィンを見ながらグラシアムは続ける。

「同時に彼は利き腕を捨てて迷いなくお前の目を潰しにきた。戦場ならどういう結果になっただろうな」

「くっ」

 とダグラスは言葉に詰まった。

「だがまぁ、剣闘士というのはあくまで娯楽だ。そういう意味では今の戦い自体なかなか見ものだったぞ」

 とグラシアムはそう締めくくり次の戦いへと移った。

 セリスィンはダグラスとの条件がどうというよりも今しがた自分が見えていない世界が見えて心が加速する心地に浸っていた。


  ◇   ◇   ◇


 模擬戦以来変化はあった。

 セリスィンはあの戦い以来自分にどれだけ力が備わっている見たくなり毎日の稽古が少しずつ楽しみになりつつあった。そういう意味ではダグラスにはある意味感謝の念さえ覚えていた。

 形はどうであれ自分の潜在能力を十分に引き出したのは彼だった。

 そう思うとなんとも皮肉なものであったが、不思議なものでそんなことを思うとダグラスのいじめは特に影を潜めて言った。相変わらず荒れ狂いの一派であるがセリスィンとすれ違うとどこか目をそらし、彼と喋ることは一切なかった。

 そしていじめられていたケプトは剣闘士をやめた。

 なんでももう剣闘士としてやっていく自信がないということで追放という形で寮を去って行った。

 奴隷で買われた剣闘士の中にはそのまま処刑に罰せられる者もいることを踏まえればこれで良かったのだろうとセリスィンは思った。

 はじめは自分も脱走しようと思っていた。

 しかし今は戦いの中で自分を高めて見たい気持ちが強くなりセリスィンは剣闘士への道を歩む。

 逃げることならいつでもできる。

 だからあえてここで踏ん張ってみる。

 そんなセリスィンはついに一週間後に初の剣闘士としての戦いを間近に控えていた。

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