同世代
ガリア・キサルピナの空気は、ローヌより乾いていた。
土は硬く、風は冷たく、朝はやけに明るい。
第十一軍団と第十二軍団――新編成の兵たちは、まだ装備の馴染みが浅い匂いがした。革が新しく、盾の縁がまだ擦れていない。
それでも隊列は組まれ、号令が通り、槍が揃う。軍団は“揃えば軍団”になる。
カエサルは、そこでさえ重々しくなかった。
「よし、集まったな。新しい顔はいい。寝癖がない」
「閣下、冗談は——」と誰かが言いかける。
カエサルは手をひらひらさせた。
「冗談じゃない。寝癖がある奴は寝不足だ。寝不足は死ぬ。はい、実務」
軽い声で、現実を置いていく。
セリスィンはその背中を見て、吐いた。吸う前に吐く。足裏が戻る。
テオトニクスは新兵の列を眺めて、さすがに口を閉じていた。
ここでは喋りで場を作るより、まず“数”が場を作る。
カエサルは短く指示した。
「戻るぞ。アロブロゲースの地へ」
属州へ戻る。ローヌの壁へ戻る。
そこに、ヘルヴェティの“次”が流れ込んでいく。
出発準備が整い、先頭が動き出そうとした、その瞬間だった。
見張りが叫んだ。
「――前方! 大群!」
空気が一瞬で固まる。
新編成の兵が槍を握り直す音が、やけに大きい。
セリスィンは反射で足を止めかけ、吐いた。吸う前に吐く。
視界が開く。
道の向こう――地平の端が黒くなっていた。
土煙が立ち、太陽が鈍く霞む。人の塊が動く音が、距離を越えて腹に響く。
(……敵か?)
それにしては、動きが揃っている。
揃い方が違う。群れではなく、軍団の揃い方だ。
カエサルが、面倒くさそうに目を細めた。
「おいおい。……混む前に出ようとしたのに、先に来たか」
冗談みたいに言いながら、護衛が前へ出ようとするのを手で止めた。
カエサルは前に出ない。だが、退かない。
やがて黒い塊が近づき、旗が見えた。
――第七。
――第八。
――第九。
セリスィンは息を呑んだ。
旗の下を歩く兵の歩幅が、重い。長い時間を一緒に過ごした兵の歩幅だ。冬営を越した軍団の“慣れ”がある。
そして、その先頭を歩いている男がいた。
デキムス。
大差ない年齢のはずなのに、顔が違う。
何かを成し遂げた者の顔――というより、成し遂げるのが当たり前だと思っている顔。
彼は土煙の中から現れ、何食わぬ顔で手を上げた。
「閣下。連れてきた」
それだけだった。
長い説明も、誇りもない。報告だけ。
カエサルは笑った。
「早いな。……お前、道に迷わないんだな」
デキムスが肩をすくめる。
「迷う暇があったら進む」
「いいね。俺の靴が助かる」
軽口のまま、二人のやり取りは成立してしまう。
周囲の兵がざわつく。第七、第八、第九が揃った――それは“数”の意味を変える。
テオトニクスが小声で言った。
「……あいつ、ほんまに何してきてん。さらっと三個軍団連れてくるとか、意味わからん」
セリスィンは声が出なかった。
胸の奥に、畏怖と羨望が同時に湧く。
(俺とそう変わらない年で)
(あの顔で)
(あの数を動かす)
デキムスは、セリスィンとテオトニクスにちらりと視線をやった。
“守れ”と言った目だ。言葉がなくても分かる。
そしてカエサルの横に立つと、低い声で言った。
「壁の線は守れてる。ラビエヌスも生きてる」
「よし」とカエサルが即答する。「それなら十分だ」
十分。
たったその一言で、また世界の歯車が噛み合う。
セリスィンは、その瞬間を見てしまった。
デキムスは、すでにカエサルから“任せられている”。
任せられているから、迷わず動ける。
動けるから、任せられる。
信頼が循環している。
セリスィンは拳を握り、吐いた。吸う前に吐く。
足裏が戻る。
(すごい)
羨むだけでは終わらない。
ここにいるなら、追いつくしかない。剣の強さではなく――動きの強さに。
カエサルが手を叩いた。
「よし、揃った。今度こそ戻るぞ。……混む前に、な」
軽い調子のまま、決定が落ちる。
第七、第八、第九、第十、第十一、第十二――数が揃い、道が揃う。
ローヌへ戻る。
ヘルヴェティの“次”へ追いつく。
セリスィンは土煙の向こうに、初めて「戦争の重さ」を見た気がした。




