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新・ガリア戦記  作者: 維岡 真
第7章 初めての戦場
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第三の勢力

ローヌ川の南岸に築かれた防壁は、ただの木と土ではなかった。

「通す」「通さない」を、言葉より先に決める刃だった。


ヘルヴェティ族は渡れなかった。

夜の小舟も筏も、見張り台の目と投射(tela)に叩き落とされ、川面に泡だけを残して引いた。


そして“道”が、ひとつ減った。


残る道はひとつ。

ジュラ山とローヌ川の間、狭く険しい、セークァニー族の土地を抜ける道だ。


狭いだけでは足りない。

セークァニー族の同意がなければ、国ごとの塊は通れない。


ローマの柵の上でその報を聞いたとき、セリスィンはようやく理解した。

戦いは、剣で相手を倒すことだけではない。相手の選択肢を削り、削った先の“次”を誘導することだ。


「で、次はあの狭い道か」


テオトニクスが柵の上で呟いた。

口調は軽いのに、目は川向こうの霧を追っている。


ルキウス百人隊長が吐き捨てる。


「狭い道に押し込めば、群れは遅れる。遅れれば腹が減る。腹が減れば手が伸びる。——手が伸びれば、戦になる」


セリスィンは吐いた。吸う前に吐く。

足裏が柵の板を掴む。頭の中の歯車が少しだけ噛み合う。


(ここで止めたのは、終わりじゃない)


(次の場所を作っただけだ)


数日後、ローマ側に新しい報せが入った。

ヘルヴェティ族は、自分たちだけでセークァニー族を説き伏せられない。


だから“口”を借りる。


借りた相手は、ヘドゥイ族の有力者――ドゥムノリクス。


報告を読み上げたのはラビエヌスだった。いつものように声が少ない。少ないから重い。


「ヘルヴェティ族は使節を出し、ドゥムノリクスの取りなしを求めた。セークァニー族から通行許可を得るためだ」


テオトニクスが眉を上げる。


「ヘドゥイ族って……ローマ寄りちゃうん?」


「寄りだ」とラビエヌスは言った。「だが一枚岩ではない」


その横で、デキムスが不機嫌そうに言った。


「ドゥムノリクスは“寄り”じゃねぇ。自分寄りだ」


カエサルは地図板の前で腕を組み、軽い調子で聞き返した。


「で、その自分寄りの男は、何が欲しい?」


軽いのに、質問は鋭い。

答えたのはラビエヌスではなく、別の士官だった。


「親愛の情と気前の良さでセークァニー族に勢力を持つ、と。ヘルヴェティ族とも親しい」


「親しい理由は?」とカエサル。


デキムスが先に吐き捨てた。


「オルゲトリクスの娘を娶ってる。——血が繋がってる」


セリスィンはその名を聞いて、少しだけ身を固くした。

オルゲトリクス。大移動の火をつけた男。死んでも火は消えなかった。


ラビエヌスが続ける。


「さらに、ドゥムノリクス自身が“王になりたがっている”との情報がある。改革を口にし、多くの部族が自分の好意に結ばれることを望んでいる」


好意、という言葉が、ここでは刃に聞こえた。

好意で結び、恩で縛り、恩で動かす。闘技場の勝ち負けより生臭い。


カエサルは肩をすくめる。


「なるほど。王になりたいなら、友達は多い方がいい」


テオトニクスが小声で言った。


「軽く言うてるけど、嫌な話やな……」


デキムスがセリスィンを見て言う。


「お前、今、嫌な顔したな」


「……した」


「それでいい。嫌な顔ができるうちは、まだ人間だ」


その言い方が冷たいのに、なぜか救いだった。


報せは続いた。


ドゥムノリクスが動いた。

セークァニー族に働きかけ、ヘルヴェティ族の言葉を通した。


そして――条件付きで、道が開いた。


「許可が出た」とラビエヌスが言う。「ヘルヴェティ族はセークァニー族の地を進行できる」


天幕の中の空気が変わった。

“詰み”ではなかった。群れは止まらない。止まらないから、次が来る。


カエサルが軽い調子で手を叩いた。


「よし。動くな。——予想どおりだ」


予想どおり。

自分たちが壁を作って削った選択肢の先で、彼らは“人”を使って道を作った。


セリスィンはそこで初めて、戦いの二つの顔を同時に見た気がした。


ローマは土で道を折る。

ガリアは人で道を開く。


テオトニクスがぽつりと言った。


「ほんで、俺らは……どっちや」


セリスィンは答えなかった。答えはまだ出ない。

ただ一つだけ確かだった。


この先、戦いは川の上では終わらない。

道が開いたなら、次はどこかで“ぶつかる”。


カエサルは地図板を指で叩き、いつもの軽い声で言った。


「さあ、忙しくなるぞ。——混む前に行く」


軽口の形で、戦場の時間が始まった。

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