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新・ガリア戦記  作者: 維岡 真
第1章 無名の孤児
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誓い

その日もセリスィンはいつも通り起床し、食堂で朝食を取っていた。


もうすぐ食べ終わる、というところで――がしゃり、と大きな音が響いた。


「おい、悪いねえ」


見れば、ダグラスの一団が一人の男を囲んでいる。


「……確か、あれは」


床に散った器をせかせかと拾い集めているのは、ケプトという若い剣闘士だった。気の弱い性格で、声を荒げるところを見たことがない。


状況は分かりやすい。ぶつかったのは偶然ではない。ダグラスらがわざとぶつかって、食事の邪魔をしたのだろう。


連中はニヤニヤしながら、屈み込むケプトを見下ろし、


「おっと」


と、床を転がる器を蹴った。わざとだ。追い打ちだ。


周りの剣闘士たちは黙っている。見ないふりを決め込む者、面白がっている者、視線だけで済ませる者。セリスィンも同じように、黙って見ていた。


セリスィンは正義感で動く人間ではない。以前、少年の家へ飛び込んだのだって、ただ過去の自分が重なったからだ。


(標的が俺じゃなくなった……)


胸の奥で、情けない安堵が湧くのを感じた。面倒ごとから少しでも遠ざかりたい。それが本音だった。


セリスィンは視線を逸らし、食堂を出た。


*


日中の鍛錬を終え、寮へ戻る道すがら。


セリスィンは川沿いの草むらで、妙な動きを見つけた。近づくと――ケプトが、今にも川へ飛び込もうとしていた。


「おい!」


考えるより先に身体が動き、セリスィンは背中を掴んで引き止めた。


「何してんだ」


ケプトは腕を振りほどこうと暴れる。


「離してくれ……!」


「落ち着け」


セリスィンは力で押さえ、呼吸を合わせるように声を落とした。しばらくしてケプトの抵抗が弱まる。


ケプトは唇を噛み、絞り出すように言った。


「……もう、いじめられるのは嫌だ。毎日、毎日……」


自殺するつもりだったのだ、と続けようとして言葉が詰まる。


「だからって死ぬことはないだろ」


そう言った自分の声が、思ったより硬かった。説得というより、拒絶に近い。


ケプトは憔悴しきっていた。目が焦点を結ばず、肩が小刻みに震えている。


セリスィンは舌打ちしそうになるのを堪えた。


(俺は面倒が嫌いだ。正義感なんてない。……でも)


目の前の人間を見捨てるほど、腐っちゃいない。


「わかった。俺に任せろ」


セリスィンはそう言い切った。


*


その晩。


ダグラスたちが食堂で騒いでいるところへ、セリスィンはまっすぐ歩いていった。


「おい。ちょっといいか」


空気が一瞬で変わる。笑い声が止み、視線が集まる。


「なんだ?」


ダグラスがニヤついた。


「次の模擬戦で――俺がお前に勝ったら」


セリスィンは静かに言った。


「ケプトへのちょっかいをやめろ」


ダグラスは椅子から立ち上がり、わざとらしく首を傾げる。


「なんでてめえがケプトと関係してんだ?」


それから仲間へ目を配り、


「それに、いじめた覚えはねえが。なあ?」


どっと笑いが起きる。「そうだそうだ」と口々に囃す声。


「ケプトは今日、死のうとした」


セリスィンがそう言うと、今度は本当に一度、場が静まった。


ダグラスも一瞬だけ表情を固める。だがすぐに、吐き捨てる。


「それがどうした」


セリスィンは一歩だけ踏み込んだ。


「……そこまでやる必要はないだろ」


ダグラスは鼻で笑い、肩を回す。


「ああ、いいぜ。条件を呑んでやる」


そして、わざと大きな声で言った。


「次の模擬戦で、お前が勝ったら――金輪際、ケプトには手を出さねえ」


仲間が「おお」と囃す。


「だがな」


ダグラスがセリスィンを指さす。


「俺が勝ったら、お前は何を差し出す?」


「俺が負けたら」


セリスィンは迷いを隠して言った。


「お前らの言うことを、金輪際――何でも聞く」


ダグラスの口元が歪む。


「言ったな?」


「ああ」


「決まりだ。次の模擬戦で、お前を潰してやる」


二人は視線を切らないまま、その場を離れた。



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