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新・ガリア戦記  作者: 維岡 真
第4章 穿つ剣戟
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出発点の行方

夜の砂地は、昼より正直だ。

歓声も値踏みの目もない。あるのは、息と足音と、相手の重さだけ。


セリスィンが裏手の砂地へ行くと、バナンテはもう待っていた。

月明かりの下で腕を回し、関節を確かめるように指を鳴らしている。


「来たか」


「……何の用だ」


バナンテは笑わないまま、肩をすくめた。


「用ってほどじゃない。お前、今夜も足だけやってたろ。足だけで勝てるなら苦労しねえ。——やろうぜ」


「手合わせか」


「そう。短く、一本。木剣でいい。勝ち負けじゃない。今のお前を見たい」


セリスィンは一瞬迷った。

疲れている。腕も足も痛む。だが断れば、また同じ夜が続くだけだ。


セリスィンはルーディスを拾い、構えた。

バナンテも同じように構える。型はきれいではない。だが、隙が少ない。


「……来い」


「おう」


合図は要らなかった。


一歩目で、セリスィンは気づいた。


(遅い)


バナンテが遅いのではない。

自分の目が、前より速く動いている。


バナンテの肩の上がり方。足の向き。重心が移る前の“間”。

それが見える。読める。――だから、動ける。


バナンテが踏み込む。セリスィンは外へ逃げなかった。

半歩だけ詰めて距離を殺し、ルーディスの芯で手首を叩く。


乾いた音。バナンテの剣筋が一瞬乱れる。


(今だ)


セリスィンは押し込まず、逆に引いた。引いて、相手が追ってきたところを足で刈る。

重心が浮き、バナンテの膝が砂に触れた。


勝負はそれで終わった。

セリスィンの刃先が、バナンテの喉元へ止まる。


夜の静けさの中で、バナンテが息を吐いた。


「……あー、まいったまいった」


あまりにも軽い声だった。


セリスィンは刃を引かず、目を細めた。


「ふざけてるのか」


「ふざけてねえよ」


バナンテは両手を上げるみたいに肩を浮かせた。負けを誤魔化す仕草ではない。

むしろ、楽しそうだ。


「ちゃんとやれ。こんなんじゃ、何も分からない」


セリスィンの声は強くなった。

負けたくない相手に備えて、今は一つでも多く“本物”が欲しい。


バナンテは砂から立ち上がり、喉元の木剣を指で押し戻すようにしてから、ようやく真面目な目になった。


「大まじめだよ。だから言ってる」


セリスィンが眉を寄せると、バナンテは続けた。


「お前、自分がどれだけ強くなってるか分かってない」


「……強く?」


「そう。初戦の頃のお前は、勝てた。だが、勝ち方が粗かった。運と勢いも混じってた」


バナンテは自分の手首を揉みながら言う。


「今のお前は違う。相手の動きが“見えてる”。見えた上で、余計なことをしない。外へ逃げそうになっても、戻れる」


セリスィンは反射で首を振りかけた。

だが、さっき自分の体が勝手にやった動き――詰めて、叩いて、引いて、刈る。

あれは確かに、昔の自分なら出来なかった。


バナンテは軽く笑った。


「だから、俺はあっけなく負けた。俺が弱いんじゃなくて、今のお前が“固まってた”だけだ」


「固まってた……?」


「テオトニクスの影に、足を持ってかれてただろ。見てた。——お前はあいつを恐れてるんじゃない。“あいつみたいになりたい自分”に引っ張られてる」


言い当てられて、セリスィンの胸が苦くなった。

苦いのに、妙に息が通った。


バナンテは、わざと軽く言い直す。


「要するに、お前はもう十分強い。あとは余計な鎖を外せば、あいつともちゃんと殴り合える」


セリスィンの肩から、何かが落ちた気がした。

重さが消えたというより、重さの正体が分かった。正体が分かると、背負い方が変わる。


セリスィンはゆっくり刃を下げた。


「……俺は、勝てるのか」


バナンテは即答しなかった。代わりに、砂を一つ拾って指で潰す。


「勝てる、って言ったらお前はまた固くなる」


セリスィンが睨むと、バナンテは肩をすくめた。


「勝てるかどうかは、明日じゃなく当日決まる。だが一つだけ言える。——お前は“負ける理由”を減らせるところまで来てる」


その言葉は、甘くないのに温度があった。

セリスィンはそれを胸に落とし、息を吐いた。


月明かりの下で、手の中のルーディスが少し軽く感じた。


「もう一本やるか」


セリスィンが言うと、バナンテはにやりとした。


「お、ようやくその顔だ。——ええよ。今度はちゃんと、お前が嫌がる入り方してやる」


セリスィンは構え直した。

恐れよりも先に、試す気持ちが出た。


テオトニクスの名が頭に浮かんでも、足は逃げなかった。


(行ける)


確信じゃない。けれど、挑むための形が、ようやく整った。

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