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新・ガリア戦記  作者: 維岡 真
第1章 無名の孤児
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剣闘士への路

 なんにせよセリスィンは男の言うなりに剣闘士になることを決めた。

 なるといってもあの場ではそう答え、いざという時に逃げれば問題ないと思ったからだ。

 男――あの後ジムージーと名乗った男の気が変わらないうちに剣闘士になることを受け入れそして頃合いを見て逃げればいいとそう思っていた。

「ここが宿舎だ」

 翌日ジムージーに連れてこられたのは市街地にある立派な建物であった。

 集合の住居の建造物で集合住宅インスラと呼ばれるものであった。

「ここが」

 セリスィンは建物を見上げる。

 今まで見た中でも大きめの建物。この中で何人もの剣闘士が暮らしているのだと踏まえるとそれも納得ができた。セリスィンが壁に手をやる。しっかりと固まった壁に壊すのは難しいと感じる。

「火山灰を入れてるからな。それに石灰、割石、そして水を入れて固めてある」

 ジムージーはそう言って説明を終えるとスタスタと建物の敷地内へと足を進めた。

「ちょっと待てよ」

 だんだん気づいてきたがこのジムージーという男はすごくマイペースな男である。

 庭を通り建物の中へ入ると玄関ホールのところで男性二人組が話をしているようだった。男性の一人がこちらに気づくとこびをへつらうように急いでこちらに寄ってきた。

「いやぁ、いらっしゃいませジムージー様お待ちしておりました」

 その中年くらいの男はごまのてをこするようにジムージーに挨拶をする。

「おおっプナガンダ。調子はどうだ?」

 ジムージーはいじるようにプナガンダと呼んだ男に言葉をかける。

「いやいやへいおかげさまで。調子がようござんす」

 プナガンダは何度も頭を下げるようにこびへつらった。

「ここの寮長をしているプナガンダだ。お前も世話になるから挨拶しておけ」

 今度はジムージーがセリスィンに向かって言葉をかける。

「よろしくお願いします」

 セリスィンは一応丁寧に挨拶をした。

「はい、あなたが噂の剣闘士志願者ですね」

 プナガンダはそう言うとジムージーに目を配り、

「ジムージー様が連れて来る者たちはどれも凄腕の方々なので商売も繁盛しあがりっぱなしですよ、はい」

 と微笑みながらそう語った。

「まぁな」

 ジムージーは不敵に笑みを浮かべた。

 自分は志願者ではなく無理やりやむを得ずだけどとセリスィンは否定したくなったがそこは黙っておくことにした。

「ちなみにケニス様は応接間におります。立ち話もなんですし早速お行きになりますか」

 プナガンダが語る。どうやら彼とは別に剣闘士になるためにはケニスという男の認印が必要だった。

「ああ頼む」

「では」

 三人は応接間に足を運ぶことにした。


 応接間の前で来るとプナガンダがコンコンと扉を二回叩いた。

「入れ」

 なかから嗄れ声が聞こえる。

「失礼します」

 プナガンダがそう言って扉を開けると中に荘厳とした男性がいることに気づく。

「よく来たな」

 この人物がケニスであるとセリスィンは一瞬で分かった。

 その立ち振る舞いが凡人のそれとは違ったからだ。彼の立ち姿は屹立としていて、そしてなにより長く生えた髭が彼を大物だと想起させるのに時間がかからなかった。

「君が今回の志願者というわけだ」

 セリスィンは自分のことを言われて少し震える。

「はい」

 なるべくしっかりとするよう心がける。

「ふむ座りたまえ」

 簡易式な机をはさんでソファーの前に腰かけるケニス。セリスィンもそれに倣って対面に座った。

「さて」

 そう言ってケニスは服装を整えてセリスィンに向かって言う。

「私がここ一体の剣闘士の取り仕切りを行っているケニスというものだ。以後お見知りおきを」

 そういって彼はセリスィンに向かって握手を求めた。

 セリスィンもゆっくりと手を差し出し握る。握手をした瞬間セリスィンに電撃が走る。しっかりとごつごつとした手。力強いこともさることながらこの人物が戦いだけではなく険しい人生の道のりを歩んできたことがセリスィンにはわかった。

「……」

 セリスィンが呆然としていると、

「こいつはもともと浮浪孤児なんだ」

 と、ジムージーがいらぬ情報を付け加える。

「ほう」

 ケニスは見定めるように髭に手をやる。

「なんだどうしてだ? 家族は? 強盗にでもやられたか?」

 ケニスが尋ねる。

「いや、母親がいたがとある事件に巻き込まれてなくなった」

 それ以来俺は孤児だとセリスィンは言った。

「なるほど」

 ケニスは考える仕草をしやがてすっと立ち上がると、

「一本稽古をしてみるか?」

 と、表に出ろというジェスチャーを行う。

「今から?」

 セリスィンは驚くように言い、ジムージーたちを見る。

 彼らは行ってこいと言わんばかりに微笑んだ。

 表に出て上着を脱いで木の剣で素振りを行うケニス。その振る舞いを見る限りただの初老の男であるとは思えない動きであった。

「さぁやろうか」

 とがを着たままそれらを結び付け腕をしっかり出し、ケニスが言う。

「いいのか?」

 セリスィンは仕様がわからずケニスに聞き返した。

「ああ、どこからでも」

 と余裕の笑みを浮かべるケニスにセリスィンは容赦は不要だと考え向かっていく。セリスィンは連撃をケニスに浴びせようとするがそのどれもを彼は見破ったかの如く弾きそして一点だけの攻撃でセリスィンの肩をとらえる。

「これで一回死んだな」

 冗談を挟む余裕さえあるケニスにセリスィンはいらつきながらも冷静に彼に一撃浴びせることだけを考える。

 ふと剣劇の間に彼の左横腹が空いていることに気づくセリスィン。彼は隙をみて剣をするりと横に倒しそして水平に剣を払った。ところがその攻撃も読んでいたのかケニスは腹部だけを器用に後ろにひっこめてかわし、セリスィンの剣は彼のとがに触れるのみだった。

「惜しい」

 そして二度目の攻撃が今度はセリスィンの背中へと入った。力を入れられた攻撃で一瞬喉の奥がつまり呼吸ができなくなる気がした。戦ってみてなおさら気づくがこのケニスという男は一筋縄ではいかない。ジムージーと対等に渡り合うだけの実力を兼ね備えており、老練された落ち着きがいやというほど感じ取れた。

 そこでセリスィンは呼吸を整えケニスから距離を置いた。そして低い姿勢のまま剣を体わきに携える形の格好をとる。

「ふむ」

 その姿を見るとケニスはどこか嬉しそうにしそして彼もまた片手で剣の切っ先をセリスィンに向ける独特のフォームをとった。

「きなさい」

 セリスィンは相手の言葉に惑わされることなく自分の合間でタイミングを計りそして一気にケニスと距離を詰めた。

「ぬ」

 あまりの速さにケニスの顔から一瞬余裕が消える。

 そしてセリスィンは彼のふところにもぐりこみ一閃の攻撃を叩きこんだ。

 ケニスが後方へと吹き飛ぶ。セリスィンの攻撃が完全に決まったとはたから見ればそう思った。だが、突然セリスィンの剣に亀裂が走りそして真っ二つに割れた。

「いやはやお見事」

 ケニスは立ち上がりながら自身の剣の甲を見せる。一点セリスィンの攻撃を食らった部分のみ傷がついているようだった。

「まじかよ」

 セリスィンは驚きを隠せなかった。こればかりは完全に決まった。そう思った攻撃でさえもケニスに防がれてしまった。

「もともとあのおっさんは剣闘士出身なんだ」

 いつの間にかジムージーが傍におりセリスィンに声をかけた。

「お前と同じで独り身から救われて剣闘士として生きそしてこうして取締役にまでなった。お前が見習うべきうちの一人だと思うぜ」

 と、付け加え「おいケニス。こいつはどーよ」とケニスに尋ねた。

「ふむ。体力、筋力、おまけに悟性や知性も申し分ないときた」

 たった一度の立ち合いで何を見抜いたのかケニスはそう語る。

「あと面構えだ。こいつはそこらへんの凡人にはない何かを持っている」

 ジムージーがそれに後押しするかのように言葉を添えた。

「確かに」

 ケニスはそう言ってセリスィンの方を向くと、

「結構、採用しよう」

 と、力強くいった。

「そいつぁどーも」 

 ジムージーはにやりと笑った。

「ただし条件がある」

 と喜びを遮るようにケニスは付け加えた。

「来月行われる剣闘士の冬の大会。そこでの戦いぶりを見て正式に入団の許可を決めよう」

 それが大方のならわしなのかジムージーは、

「ああ、それでいい」

 と頷いた。

「彼の剣を見てわかったことは二つ。一つ彼は確かに強いということそしてもう一つ」

 ケニスはセリスィンを見て笑った。

「俺と似てずる賢いということだ」

 セリスィンが逃げることを考えていたことがばれてしまったようでつくづく食えない男だとセリスィンは思った。

「プナガンダそれまで彼を教育してやりなさい」

「ははぁ」

 こうしてセリスィンの剣闘士として生活が始まることになった。

 しかしこの決断が自身の人生を大きく変えることになると彼はまだ知らない。

 

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