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新・ガリア戦記  作者: 維岡 真
第3章 女騎士”ジョルテ”
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納屋の口

入口の影が動いた。


湿った土の匂いに、外の冷たい空気が混じる。納屋の戸口は半分崩れていて、踏み込もうと思えば誰でも踏み込める――だからこそ、ここは“逃げ場”ではない。


セリスィンはジョルテを背に庇い、床の石を指先で探った。投げるための石だ。


外套の下で、ジョルテの小刀が小さく光った。


「……空だな」


男の声。落ち着いている。焦りがない。探す声じゃない。見つける声だ。


「空でも見る。女は小さい。隠れる」


別の声が重なる。


次の瞬間――戸口に棒の先が突き込まれ、藁を乱暴に掻き回した。砂埃が舞う。セリスィンは咳き込みそうになるのを堪えた。


棒が奥へ進む。


ジョルテの膝がわずかに動いた。反射で斬りかかろうとする動き。


セリスィンは肘で押さえ、息だけで伝える。


(待て)


(今はだめだ)


棒が、セリスィンの膝に触れかけた――その瞬間。


セリスィンは石を投げた。


狙いは顔ではない。棒を握る手首の内側。


「っ!」


男が反射で手を引く。棒が跳ね、戸口の外へ落ちた。落ちた棒を拾うために、男の体勢が崩れる。


その一瞬で、セリスィンは飛び出した。


低く、短く、体当たり。


男の腰に肩が刺さり、男が呻いてよろめく。セリスィンはそのまま男の足元を刈り、土へ落とす。


「いたぞ!」


叫び声。すぐ外にもう一人いる。


ジョルテが続いた。外套の影から抜け、小刀で“牽制”だけを入れる。浅く、確実に。腕を切って下がらせ、距離を作る。


「走れ!」


セリスィンが叫ぶ。


だが、外は“逃げるための外”ではなかった。


畑の端――霧の薄い場所に、影がさらに二つある。横からも回り込まれていた。


「……囲んでる」


ジョルテが低く呟く。


セリスィンは舌の裏が乾くのを感じた。来るのが早い。分断する暇がない。ここは最初から“踏ませる”場所だった。


倒した男が起き上がろうとする。


セリスィンは男の腰へ手を伸ばした。革紐。金具。


――あの印。


見た瞬間、確信が固まる。追手は偶然じゃない。筋がある。仲介の男の筋だ。


「……それ、返せ」


ジョルテの声が硬くなった。


「知ってるのか」


セリスィンが問う前に、男が笑った。


倒れたまま、口元だけで笑う。


「……見つけたか。しるしを」


セリスィンの背中が冷えた。


(こいつ、わざと見せたな)


男は続ける。


「女の剣闘士は高く売れる。隠して戦うなら、なおさらだ」


ジョルテの呼吸が乱れる。


「黙れ……!」


セリスィンはジョルテの前へ半歩出て、男を見下ろした。


「弟の金はどこに消えた」


男が、初めて目を見開いた。


「……弟?」


そして、くつくつ笑う。


「ああ、あの病気のガキか。手紙を回したのは――」


言い終える前に、セリスィンは男の胸倉を掴んで引き起こした。


「言え」


男の口元が歪む。


「橋だ」


短く吐いた。


「橋に来いって言ったのは、俺じゃない。だが“回収”は橋だ。お前らは――どうせ橋へ向かう」


その言い方が、確信だった。


セリスィンが口を開く前に、背後で足音が増えた。


軽い足取り。無駄がない。橋の端にいた“戦える男”の気配が、ここまで来ている。


セリスィンは瞬時に決める。


(この男からは、もう引き出せない)


目的は「時間稼ぎ」と「誘導」だ。情報は餌程度しか持っていない。


セリスィンは男を突き放し、ジョルテの腕を掴んだ。


「行くぞ。橋へ」


「……弟のことを!」


「生きて着いてからだ!」


ジョルテが歯を噛む。悔しさで目が濡れている。だが足は動いた。


畑の脇道へ飛び込み、石垣の切れ目を抜ける。追手が叫ぶ。


「逃がすな! 橋だ!」 「上だ、回り込め!」


――やはり。


橋へ追い込む狩りだ。


セリスィンは走りながら、ジョルテの踵を見た。もう限界に近い。それでも彼女は止まらない。弟の名を餌にされた怒りが、身体を動かしている。


遠くに、石のアーチが見えた。


街外れの橋。


朝霧の中で黒く立ち、逃げ道であるはずなのに、まるで処刑台みたいに見えた。


セリスィンは喉の奥で息を呑んだ。


(……ここで、決まる)


ジョルテも橋を見た。


その目が、剣闘士の目ではなかった。


守る者の目だった。

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