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新・ガリア戦記  作者: 維岡 真
第3章 女騎士”ジョルテ”
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街外れへ

馬屋の裏から抜けると、空気が変わった。


家の密度が薄くなり、土の匂いが濃くなる。畑が広がり、ところどころに低い石垣と果樹が並ぶ。朝の仕事に出る人間はいるが、市場ほどの“群れ”はない。


――紛れにくい。だが、追う側も派手に動きにくい。


セリスィンは息を整えながら、ジョルテを引っ張った。


「こっちだ。畑の縁を切る」


「……足が」


ジョルテの声が硬い。踵の痛みが、限界を越えかけている。


「分かってる」


セリスィンは一瞬だけ振り返った。


遠くで人が走る影。追手だ。声は届かないが、動きが揃っている。馬屋で見失っても、ここまで追ってくる執念がある。


(“逃げた剣闘士”を追うだけじゃないな)


セリスィンは確信する。こいつらは、ジョルテに“用”がある。捕まえるために追っている。


だからこそ、やり方が慣れている。


セリスィンは道を変えた。


真っ直ぐ橋へ向かえば追手も同じルートで詰めてくる。なら、わざと逆へ振って、最後に横へ抜ける。


「……遠回りか」


ジョルテが言う。


「追われる時は、近道が一番危ない」


セリスィンは答え、石垣の陰へ滑り込む。果樹園の裏、用水路が走る狭い道だ。足跡が残りにくい。水音が音を誤魔化す。


しばらく走ったところで、ジョルテの足がついに止まった。


「……待て。これ以上は……」


膝に手をつき、肩で息をする。外套の下でも分かるほど、身体が小刻みに震えていた。


セリスィンは舌打ちしそうになり、それを飲み込んだ。


「一分だけ」


「一分で何が変わる」


「変える」


セリスィンはジョルテを石垣の陰へ座らせ、周囲を見回した。畑の端に、古い物置小屋――いや、半分崩れた納屋がある。中は暗い。人の気配はない。


「移るぞ」


セリスィンはジョルテの腕を肩に回し、半ば抱えるように納屋へ運んだ。


中は藁と木箱の残骸。湿った土の匂いがする。入口からは外が見えるが、影になっていて目立ちにくい。


セリスィンはジョルテの踵の布をほどき、傷を見た。


血が滲んでいる。裂けている。無理をすれば歩けなくなる。


「……貴様、医者か」


ジョルテが苦い声で言う。


「路上の知恵だ」


セリスィンは自分の衣の端を裂き、もう一度巻き直した。きつく締めすぎない。血が止まらなくなる。


「立てるか」


「……立てる」


「立てても、走れないな」


「……」


ジョルテが黙る。悔しさが、沈黙になっている。


セリスィンは入口の隙間から外を覗いた。


追手の影が、畑の向こうを横切っていくのが見える。数は三、四。こちらの位置はまだ割れていない。だが近い。


「聞く」


セリスィンが言った。


「弟の“居場所を知ってる”って言った相手。会う約束は、いつだ」


ジョルテが、少し迷ってから答える。


「……今日。朝。橋で」


「もう過ぎてる」


「分かっている」


ジョルテの声が、かすかに震えた。


「でも、あそこに行けば何か掴めるかもしれない。弟の名を言える人間が、そう何人もいるわけがない」


セリスィンは頷いた。理屈ではその通りだ。だがそれが罠であることも、同時に分かっている。


「だから、もう“会いに行く”じゃない」


セリスィンは言った。


「“見に行く”。近づかずに、見て、掴んで、逃げる」


「そんな器用に――」


「器用にやるしかない」


セリスィンは言い切る。


ジョルテは外套の襟を握りしめ、低く言った。


「……私は、また逃げるのか」


「逃げるんじゃない」


セリスィンは言った。


「取り返すために、死なないだけだ」


ジョルテの瞳が、わずかに揺れる。理解したのか、受け入れたくないのか、判別できない揺れだった。


そのとき、外で声がした。


「この辺りを洗え!」 「畑だ、草の陰も見ろ!」


近い。すぐ外だ。


ジョルテの背筋が固まる。


セリスィンは入口の木箱を静かにずらし、影を濃くした。藁を一握り、床に撒く。匂いを散らすためだ。


足音が納屋の前で止まる。


息を止める。


影が入口に落ちた。


「……ここ、空だな」


「空でも見る。女は小さい。隠れる」


男の声が、やけに落ち着いている。


次の瞬間、納屋の入口を誰かが蹴った。


木が軋み、土埃が舞う。


セリスィンは即座にジョルテを背に庇い、身構えた。


――来る。


ここで初めて、逃げではなく“受け”の戦いになる。


セリスィンの指が、床の石に触れた。投げるための石だ。


ジョルテの小刀が、外套の下で静かに光った。


そして、入口の影が動いた。

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