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新・ガリア戦記  作者: 維岡 真
第1章 無名の孤児
3/16

男との対話

 翌日、セリスィンは街中へ出かけていた。

 馬車や牛の車、そして市場などが開催され、食べ物を売っているいい匂いがする。セリスィンは運よく拾った小銭で露頭で販売されいる根菜と茸の汁を食べていた。こうしてたまに食べる料理がセリスィンにとっては生きがいであった。

 そして何よりお目当てのものはわりとすぐに見つけることができた。

 それは昨日の少年に絡んでいた青年一派だった。

 昨日セリスィンに返り討ちにあったのはどこ吹く風。

 陽気にしゃべりながら歩いている。

 セリスィンは急いで汁を書き込むと青年たちの行く手に立ちはだかった。セリスィンを見た瞬間青年たちはおしゃべりをやめ顔から笑顔が消える。

「なんだよ」

 リーダー格の男は平然を装うが明らかに動揺している。

 街中で立ち止まっているセリスィンたちを余所眼に通行人は通り過ぎていく。そんな中セリスィンは自分のポケットから青年たちが身に着けていた装飾品を見せつける。

 青年は動揺し、

「なんだよ。返しにでもきたのか?」

 とセリスィンに尋ねる。

「これは昨日少年の家の前で拾ったものだ」

 セリスィンは静かにそう言い放った。

 その瞬間青年たちに一層動揺が走るのがセリスィンには感じられた。

「だ、だからなんだってんだ」

「いやな。これがなんで少年の家の前に落ちているんかなって思ってよ」

 セリスィンは静かに青年たちに問い詰める。

 青年たちは自然と後ずさりしてしまう。

「知らねーよ。少年が拾ってもってったんじゃねーのか?」

 なんとか言い訳を振り絞る青年。しかし、それはセリスィンが求めていた回答ではない。

「あいつの母親はまだ目を覚まさない」

 セリスィンは静かに言い放つ。それだけで青年達には十分だった。

 一斉にセリスィンから背を向けて逃げ出そうとする。

 しかしセリスィンには逆効果だった。

 一人また一人と追いついては次々と地にねじ伏せていく。そして気づいたらリーダーの青年に手をかけようとした。その瞬間だった。鋭い一撃が横からセリスィンに浴びせられた。突然の衝撃でセリスィンは吹き飛びそのまま露店にぶつかって品物をぶちまける。周りの一般人が悲鳴を上げて逃げ回る。セリスィンは頭を起こし状況を見ようとする。しかしその瞬間には目の前にまた打撃が。たまらず後ろに倒されるセリスィン。ぽたぽたと鼻血が落ちる。

 目の前に木の棒を持って立っている男性。青年のグループとはまた別の人物だった。その人物はちょいちょいとセリスィンに向けて挑発のジェスチャーをする。セリスィンはいきりたち、立ち上がって男に向け連撃を加える。しかし、そのどの攻撃も男は涼しく受け流していく。セリスィンは困惑した。こんなにも自身の攻撃が当たらないのは初めてだった。

 そうこうしている内にまた気づいた時にはセリスィンは顔面に攻撃をうけ吹き飛ばされていた。

 再三の打撃で頭がくらくらするセリスィン。

「動きは悪くない」

 男が棒を器用に回しながらセリスィンに向かって言う。

「だが我流なだけにちょっと無駄が多い」

 男は再びセリスィンにかかってこいというジェスチャーをする。

 セリスィンは少し考え冷静になりむやみに猪突猛進することをやめ、間合いを図り構える。

「へぇ」

 男は感嘆の声を漏らす。

「そんな戦い方もできるのかい」

 男はうれしそうに笑い、棒をくるくると回しセリスィンに向かっていく。じりじり間合いをつけられセリスィンは後退するも後がなくなり男と垣間見えることになる。男の攻撃が始まるとセリスィンは何とか棒の攻撃を防いでいく。致命傷や大打撃は防いでいるものの一方的にじわじわと攻撃を受けるセリスィン。

「さぁどうしたこの攻撃をかいくぐってみろ」

 男は不敵に笑い、セリスィンに攻撃を浴びせる。

 このままではらちが明かないと思ってセリスィンは一回防御をやめ仁王立ちする。

「おっ」

 その様子を不審に思った男も攻撃を止めセリスィンを見つめる。

 セリスィンは目をつむり呼吸を整え、そして目を見開き男に向かっていった。

「ほう」

 男が急いで攻撃を浴びせるもセリスィンはそのまま攻撃をかいくぐり男にタックルを浴びせる。

 作戦がうまくいったと思いセリスィンはその後男を殴ろうとするも気が付いた時には横腹を小棒のようなもので叩かれていた。

「が」

 声にならない声がセリスィンから漏れる。

 みぞおちにもろに入ったのか呼吸ができない。万事休すだった。

「まさか小棒も袖に隠していたとは思わなかっただろう」

 男は笑顔で立ち上がるとセリスィンに向け棒先を向ける。

「これが戦だ。なんでもありだ。試合とは違うぜ」

 男の言っていることの半分も入ってこない。そして男をにらみながらもセリスィンはいつの間にか気を失っていた。


 深い眠りに落ちていた。

 目を覚ますとそこは昔の家だった。

 セリスィンは驚きながら台所に行く。

 そこに料理を作っている母親の姿があった。

「あらどうしたの今日は早いわね」

 母さん。声にしようとしても声が出ないことに気づく。

「まぁ、どうしたのそんな辛気臭い顔して」

 夢にまで見た母親との出会い。自分は今泣いているのだろうか。

 そんな中コンコンと音がなる。家の玄関の戸口を誰かが叩いている音だ。

「あら何かしら」

 セリスィンの母親が出ようとする。

 だめだ。

 セリスィンは急いでそれを止めようとするも体が動かない。

 ちくしょう動け。

 母親が戸口を開けようとする。

 だめだその扉を開いては。

 セリスィンがなおももがくもその声は母親に届かない。

 そしてついに母親が戸口をあける。

 目の前になっている二人の憲兵。

 次の瞬間母親に向かって剣が振り下ろされる。

 セリスィンはそれを黙って見ることしかできなかった。

「だめだー!」

 気が付けばセリスィンは目を覚ましていた。

 暗い部屋。そこ部屋の中でセリスィンは椅子にロープで縛られていることに気づいた。

「ここは?」

 暗い部屋の中で本や木箱が置かれている。窓はなく蝋やランプでのみ明かりが灯されている。

 ここが地下室であると気付くのにセリスィンは時間はかからなかった。

「そうか俺は」

 自分が青年たちを追いかけ途中で謎の男と戦ってその戦いの中で意識を失っていたことにセリスィンは気づく。 

「とするとここはあの男の地下室?」

 現状を整理していると扉が開く音が聞こえる。

 階段をかつかつと降りる音がしそして例の男が姿を現した。

「おうやっと目を覚ましたか」

 男は嬉しそうに笑うとセリスィンの前の椅子に腰かけた。

「ここは?」

 いの一番にセリスィンは男に問いかける。

「どこかの家の地下室とだけ言っておこう」

 男はなおも嬉しそうに喋る。

 この男のペースを乱すのは安易ではない。セリスィンは対応をどうするか考えあぐねていた。

「お前が襲った男たちは。ここら辺じゃそこそこの貴族だ」

 男は嬉しそうに木の棒をセリスィンに向ける。セリスィンはその棒を超え男を睨みつける。

「相変わらずいい面構えだ」

 そう言って男は椅子から立ち部屋のものを物色し始める。

「俺がお前にしてやれることは二つ」

 男はそう言って何かを見つけ出し「おっいいねこれ」という。

「一つ。貴族に手をかけた罪で君をナポリの海に沈める」

 陽気な声からは程遠い残虐な事。しかし男にはそれをやるだけの胆力があることをセリスィンは何より知っていた。

「もう一つは?」

 セリスィンが訪ねる。すると男は笑いながら、

「いいぜ、お前のその淡白としたところ。大物になる気がする」

 といって手に持っていたものをセリスィンの前に投げた。それは兵士などが付けていると思われる金属の兜であった。

「もう一つ。これはお前が生きながらえる唯一の方法」

「なんだ?」

 すぐさま聞き返すセリスィンに、まぁそう焦るなと男はなだめる。

「もう一つの選択肢。それはお前に剣闘士になってもらうというものだ」

 男はそういった。

 剣闘士。それはセリスィンも聞いたことがあった。コロッセウムという競技場でで観衆の前で戦う者たち。かの有名なスパルタクスがそれだったのは記憶に新しい。

「剣闘士?」

「ああ、剣闘士だ。お前は腕が立つ。いい剣闘士になって俺に利益を還元してくれるのであれば釈放してやる」

 男はそう言って不敵な笑みを浮かべた。先の条件に比べれば大分ましであった。剣闘士がどんなものか詳細には知らないしてもいきなり命をとられるようなことはない。明らかに後者の選択肢をとるのが賢い選択だろう。

 しかしセリスィンは、

「いやだ」

 と一言いった。男は目を丸くして驚きながら、

「おいおい正気か? じゃあナポリの海に沈んでもらうしかねぇな」

 と言う。

「それもいやだ」

 再びセリスィンは断りを入れた。

「ナポリの海には沈まないし、剣闘士にもならない。ここから逃げ出していつもの生活に戻る」

 セリスィンはきっぱりとそう言った。

 男は一瞬瞬きをやめ、そして声を出して笑い始めた。しばらく笑った後、呼吸を整えセリスィンの眼前に木の棒を向ける。

「おいまだ状況がわかっていないようだな小僧」

 脅しなのか本心なのか。おそらく本心だろうが男はまっすぐにセリスィンの目を見ていた。

「お前には二つの選択肢しか残っていない。あんな非道なやつらでも一応は貴族の端くれ。その顔を立てるためにも俺は一応は何かをしないといけない。俺の強さは戦ったお前が一番よくわかってんだろ?」

 男は差し出した棒を一層セリスィンの前に近づける。もはや目と鼻の先までの距離だった。

「それでもいやだ」

 セリスィンは頑固として引き下がらなかった。しばらくお互いに相手を睨む時間が続く。そして男が棒を下げ笑いながら「つくづくおもしろいガキだ」と言って椅子から立つ。

「おい小僧。クルスス・ホノルムって言葉知っているか?」

 アンフォラボトルからコップに酒を注ぎながら男は言う。

「貴族たちがこぞって目指す最高の官位、執政官コンスル。そこに就任するまでの名誉ある人生のキャリアを指して言う」

「じゃあ俺には関係ないな」

 貴族どころか今や平民でもないセリスィンは言う。

「まぁまて重要なのはそこじゃない」

 男は酒を含み一呼吸おいて、

「剣闘士はな、スターになれば何十もの賞金を稼ぐことができる」

 男は語る。

「それがどうした」

「今お前はお前自身の生活に満足しているのか?」

 と男が語った瞬間はじめてセリスィンは動揺した。

「なぜお前が俺のことを知っている?」

 そういうセリスィンに男は笑い、

「俺は情報屋でもあるからな。ここら辺のことならだいたい知っている。元気な野良犬がいるってこともな」

 と再びコップを傾ける。

「もし今のお前が現状の生活に満足してんのであれば俺は何も言わねぇ。この際はっきりいうが俺はお前を殺したといってどこかに逃がしてやっても構わねぇと思っている」

 と男から驚きの言葉を聞いた。

「貴族の顔を立てないといけなかったんじゃないのか?」

「あの程度の貴族ごときに顔を立てる必要なんざねぇ」

「俺を試したのか?」

「なんでもいい。ただ俺が一つ言えるのはお前のその腕の才能に惚れたってことだ」

 男はにやりと笑った。

「俺はな面白いことが好きだ。例えば俺が目にかけたやつが大物に成しあがる。それは大変面白いことだとは思わねぇか?」

「……」

 セリスィンは言葉が出なかった。純粋にその質問がどうなのか答えることができなかった。

「だがもし今お前が現状の生活に満足できていなくてこのまま死にたくないっていうんならお前だけのクルスス・ホノルムを目指すしかねぇ」

 冷たい空間に男の声がこだまする。

 まるで自分の内側を見透かされたようだった。

「それが剣闘士であると」

「そういうことだ。さっきも言ったが剣闘士はスターになれば何十もの金を稼ぐことができ今までのお前が想像したことのない生活が手に入る。くそったれた生活から抜け出すには申し分ない選択だ」

 男はかつかつと歩きそしてコップを持ったまま椅子に座りセリスィンに向かって杯を差し向けた。

「さて、これを踏まえてもう一度聞く。お前はどうするガキ。いや、お前はどうしたいんだ小僧?」

「俺は……」

 セリスィンは即答することができなかった。


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