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新・ガリア戦記  作者: 維岡 真
第3章 女騎士”ジョルテ”
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選べ

橋の上。


朝霧の湿り気が、肌にまとわりつく。川の音は近いのに、世界は妙に静かだった。静かなまま、足音だけが増えていく。


橋のたもとに立つ外套の男は、穏やかな声で言った。


「選べ。大人しく戻るか――弟の居場所を、ここで捨てるか」


ジョルテの喉が鳴った。


外套の襟に隠れても、震えは隠れない。怒りで燃えているのに、身体が冷えていく。そんな目をしていた。


「……弟は、どこだ」


絞り出すような声。


男はすぐには答えず、わざと視線を横へ流した。橋の向こう――霧の中に、追手の影が動いている。


「まずは武器を捨てろ。小刀だ。そうすりゃ話してやる」


ジョルテの指が小刀の柄を握り直す。


セリスィンは、その手首を掴んだ。


「捨てるな」


「だが――!」


「そいつは“話す”気がない。条件を増やして引き延ばすだけだ」


男が薄く笑う。


「おいおい。邪魔するなよ。そいつはジョルテの問題だ」


セリスィンは男を睨んだ。


「お前が“弟の名を知ってる”時点で、問題はお前が作ったものだろ」


男の目がほんの一瞬だけ動いた。驚きではない。値踏みだ。


「口の利き方が路上のそれじゃないな。……剣闘士か?」


セリスィンは答えない。


答える必要がない。答えた瞬間、相手は次の札を切ってくる。


足音が近づく。


橋の下流側からも、上流側からも。橋は長くない。挟まれるのは時間の問題だ。


セリスィンはジョルテへ、短く言った。


「伏せられるか」


「……できる」


「じゃあ、やれ」


「今?」


「今だ」


セリスィンは男へ一歩踏み込んだ。攻めるふりではない。間合いを詰めて、相手の視界を狭めるためだ。


男が反射で肩を引く。


その一瞬――セリスィンは足元の小石を蹴り、男の顔へ飛ばした。


石は狙い通りに当たらない。だが狙いは目ではなく“瞬き”だ。


男が目を閉じる。


「今だ、ジョルテ!」


ジョルテが反射で伏せる。


セリスィンは男の外套の胸元を掴み、欄干へ叩きつけた。骨までは折らない。息だけ奪う。


「ぐっ……!」


男が呻く。セリスィンは囁いた。


「弟の居場所? 本当に知ってるなら言え。今ここで」


男は苦笑した。


「……焦るな。お前、買い手がつきそうだな」


「何の話だ」


男は答えず、舌で合図するように口笛を吹こうとした。


セリスィンは即座に男の喉を押さえ、音を潰した。


その瞬間、背後で怒鳴り声が上がる。


「そこだ!」 「女がいる!」


追手が橋へ突入してきた。


セリスィンは男を欄干から引き剥がし、追手の進路へ突き出した。盾代わりではない。“渋滞”を作るためだ。


「ぐぁっ!」


男がよろめき、追手が一瞬止まる。


セリスィンはジョルテの腕を掴み、橋の中央へ走った。


「走れ!」


「……っ!」


ジョルテの踵が悲鳴を上げる。それでも走る。


だが橋は短い。逃げてもすぐ端に詰まる。


セリスィンは一瞬で判断を変えた。


「下だ!」


「川に落ちろと言うのか!」


「落ちない。降りる」


橋の側面――石積みの段差へ身体を寄せ、セリスィンは先にぶら下がった。片手で縁を掴み、もう片手でジョルテを引く。


「来い!」


ジョルテが歯を食いしばり、外套のまま縁へ身を預ける。二人は石の段差を滑るように降り、橋脚の陰へ転がり込んだ。


上では追手が叫んでいる。


「下へ回れ!」 「川沿いだ、逃がすな!」


橋の下は暗い。湿っている。だが一瞬だけ、見えない。


セリスィンはジョルテの口元へ指を当てる。


「声を出すな。息も抑えろ」


ジョルテは頷く。瞳だけが燃えていた。


セリスィンは耳を澄ます。追手の足音が橋を叩く音。橋脚を回り込む音。もうすぐ、ここへも来る。


そのとき、橋の上から男の声が落ちてきた。


「ジョルテ!」


さっきの外套の男だ。咳き込みながら叫んでいる。


「弟の居場所が欲しいなら――戻れ! 今なら“手遅れ”にはしない!」


ジョルテの身体が硬直した。


セリスィンは、その反応で確信する。


(弟は……まだ生きてる可能性がある)


同時に、もっと嫌なことも分かった。


(あいつは“居場所”を餌にしてるんじゃない。“生死”を餌にしてる)


セリスィンはジョルテの耳元で低く言った。


「聞くな。あいつの言葉は、鎖だ」


「……でも」


「でもじゃない。取り返すんだろ。なら生き延びろ」


ジョルテは唇を噛み、頷いた。今度は反発ではなく、歯を食いしばった同意だった。


そして橋脚の反対側で、石を踏む音がした。


追手が、橋の下へ回り込んできている。


セリスィンは息を吸い、吐く。


次の瞬間に動く。


動かなければ、ここで終わる。

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