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新・ガリア戦記  作者: 維岡 真
第3章 女騎士”ジョルテ”
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霧を裂く道

ジョルテの叫び声が霧の奥から飛んだ。


「セリスィン!」


追手の視線が、そちらへ吸われる。


――馬鹿か。


そう思った瞬間、セリスィンはその“馬鹿さ”が作った隙を掴んだ。


足元へ潜り、脛を払う。倒れた男の肩へ踵を落とし、動きを止める。殺さない。止めるだけ。止めて――抜ける。


「行くぞ!」


セリスィンは霧を裂いて走った。肩甲骨の奥が熱く脈打つ。さっきの棒の一撃が、確実に効いている。それでも止まらない。


ジョルテの姿が見える。


倒木の影から離れた場所で、彼女はわざと大きく動いていた。追手に見せるように。小刀を振るい、踏み込み、そして――逃げる。追わせる。


追手が二人、ジョルテへ向かっていた。


セリスィンは間合いに入る直前、地面の石を蹴り上げた。小石が飛び、男の顔へ当たる。


「ぐっ!」


男が反射で目を閉じる。その一瞬。


セリスィンは男の腰に体当たりし、倒す。もう一人が棒を振り下ろす。セリスィンは半歩ずらして外し、棒の柄を掴んで引く。


引いた先に、ジョルテがいる。


ジョルテは躊躇なく小刀で男の手の甲を裂いた。浅い。だが、武器を落とすには十分だ。


「っ……!」


男が棒を放す。セリスィンはその棒を受け取り、柄尻で男の膝裏を叩いた。崩れる。


「走れ!」


セリスィンがジョルテの背を押す。


「今度こそ、前に――!」


ジョルテは言いかけ、唇を噛んで頷いた。悔しさが顔に出ている。それでも状況は理解している。


二人は林を抜けた。


霧が薄くなり、代わりに空が白くなる。朝だ。人が動き出す時間だ。だからこそ、追手も焦る。


背後で笛が鳴った。短く、鋭い合図。


セリスィンは振り返らない。振り返ったら、足が止まる。


「こっちだ!」


セリスィンは畑の畦を横切り、低い石垣の切れ目へ飛び込んだ。そこで一度だけ足を止め、周囲を見回す。


街外れへ続く道。小さな果樹園。水路。――そして、橋。


朝霧の向こうに、古い石橋が見えた。狭い。欄干は低い。川幅も狭い。人通りは少ない。


(あそこまで行けば、一度息ができる)


そう思った瞬間、ジョルテが呻くように言った。


「……足が」


踵の傷が限界だ。速度が落ちる。追手は数で来る。時間がない。


セリスィンは一瞬だけ迷い――ジョルテの腕を肩に回した。


「掴まれ」


「……担ぐ気か」


「今は黙れ」


ジョルテは反発しながらも、セリスィンの肩に体重を預けた。華奢だ。鎧に隠れていた“女の体”の軽さが、皮肉なほどはっきり分かる。


セリスィンは歯を食いしばり、走った。


肩が痛む。だが、痛みよりも、背後の足音の方が怖い。


「止まれ!」


「そいつを置け!」


男の声が飛ぶ。棒が風を切る音がする。


セリスィンは石垣の角で身を捻り、棒の一撃を空振りさせた。振り返りざまに土を蹴り上げ、追手の視界を砂で汚す。


追手が呻く。


その隙に、二人は橋へ飛び込んだ。


古い石橋の上。川音が近い。


セリスィンは橋の真ん中まで来て、ようやくジョルテを降ろした。ジョルテは欄干に手をつき、肩で息をする。


「……ここだ」


ジョルテが掠れた声で言った。


「会う約束の場所は……」


「今は見るな」


セリスィンは言った。


「まず、息を整えろ。追手は――」


言いかけた瞬間、橋のたもとで草が揺れた。


人影が一つ。


旅人のような外套。だが、目が違う。逃げる者を見る目ではない。獲物の“値”を測る目だ。


「ジョルテ」


男が呼んだ。


ジョルテの身体が硬直する。


「来たのか」


男は薄く笑った。


「……よく来た。約束通りだ」


セリスィンは男の腰を見た。革紐。小さな金具。見覚えのある意匠――あの追手の一人が身につけていた留め具と、同じ系統だ。


(繋がってる)


男は一歩、橋へ踏み込んだ。


「お前の弟のこと、聞きたいんだろ?」


ジョルテが前に出ようとする。その腕を、セリスィンが掴んで止めた。


「待て」


「……離せ」


「話を聞け。今ここで詰め寄るな」


ジョルテの瞳が燃える。けれど足が震えている。怒りと恐怖と焦りが、全部混ざっている。


男は笑みを崩さず、言った。


「安心しろ。すぐ教えてやる」


そして、橋の向こう――川沿いの道へ視線を投げる。


「ただし、その前に」


朝霧の向こうで、また足音が増えた。


複数。


追手が――橋へ集まり始めている。


セリスィンは、ジョルテの肩を押して欄干から離させた。


「……橋の上で挟まれる」


ジョルテが息を呑む。


男は穏やかに言った。


「選べ。大人しく戻るか」


一拍。


「――弟の居場所を、ここで捨てるか」


橋の上の空気が、刃物みたいに張り詰めた。


セリスィンは拳を握る。


次に来るのは、言葉じゃない。


この橋の上で、何かが決まる。

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