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新・ガリア戦記  作者: 維岡 真
第3章 女騎士”ジョルテ”
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落ちる石、折れる列

「……ジョルテ。合図したら伏せろ」


「何をする気だ」


「橋ごと、壊す」


セリスィンが言い切った瞬間――橋の上の空気が凍った。


フードの男が眉をひそめる。


「何を――」


セリスィンは答えない。答えている暇がない。


欄干へ飛びつき、指先を石の継ぎ目にねじ込む。古い石橋だ。苔が薄く、目地の砂が痩せている箇所がある。さっきから頭の片隅で“弱い場所”を探していた。


(ここだ)


セリスィンは体重を預けるようにして、石を揺らした。


ぐらり、と嫌な感触。


だが一度では落ちない。セリスィンは腰を落とし、肩からもう一度押し込んだ。


石の内側で、何かが砕ける音がした。


「ふざけるな!」


橋の端にいた短刃の男が動く。ジョルテへ――いや、欄干にしがみつくセリスィンへ向かって踏み込んだ。


刃が光る。


「伏せろ!」


セリスィンが叫ぶ。


ジョルテが反射で身を沈めた。刃はジョルテの頭上を切り、空を裂く。


その瞬間――


セリスィンの腕の下で、欄干の石が抜けた。


石塊がずるりと滑り、橋の外へ落ちる。


ごうっ、と風を切る音。


次に、鈍い衝撃と水柱。


川へ落ちた石が水を叩き上げ、霧を一瞬押し散らした。


「うおっ!」


近くにいた男たちが反射で身を引く。橋の縁へ寄っていた者ほど足が止まる。人間は落ちるものを怖がる。反射だ。


フードの男が叫ぶ。


「離れるな! 囲め!」


だが命令が届くより先に、二つ目が落ちた。


セリスィンは抜けた箇所の隣――同じように目地が痩せた石に手をかけ、肩で押し込む。石がきしみ、ずれて、落ちる。


今度は橋の縁に立っていた棒の男の足元が崩れた。


「っ――!」


男は体勢を崩し、咄嗟に欄干へ手を伸ばす。だが欄干は“いま落ちた”場所だ。掴むものがない。


男の身体が宙に浮く。


次の瞬間、川へ落ちた。


水しぶき。叫び声。


観客はいない。拍手もない。あるのは生の恐怖だけだ。


ジョルテが顔を上げ、セリスィンを見た。


「……本気か」


「本気だ。行くぞ!」


セリスィンは欄干から離れ、ジョルテの手首を掴んで走った。


橋の上に残った追手たちは、一瞬だけ“足場”を疑う。落ちた仲間の悲鳴が耳に残る。古い石橋がぐらつく気がして、踏み込みが遅れる。


そこへジョルテが飛び込んだ。


伏せていた状態から、獣のように低く滑り、短刃の男の脇を抜く。男が刃を振るうが、ジョルテは外套の布で刃筋をずらし、身体を当てて押しのける。


「っ!」


短刃の男がよろめく。


その隙にセリスィンが肩でぶつかり、男を橋の内側へ転がした。落とすのではなく、通路を空けるための一撃。


フードの男が怒鳴る。


「殺すな! 捕らえろ!」


命令の端が、ひどく歪んで聞こえた。


(捕らえる? ――何のために)


答えを考える暇はない。セリスィンとジョルテは橋の端へ抜け、土の道へ飛び降りた。


背後でまた石が落ちる音がする。欄干の欠けた箇所が、追う者の足を鈍らせている。


「止まるな!」


セリスィンが叫ぶ。


ジョルテは踵を引きずりながらも走った。痛みを無視している。痛みより先に、失うものがある顔だ。


橋を抜けた先は低い林だった。朝霧が木々の間に残り、視界を白く曇らせる。だがそれは追手にも同じだ。


セリスィンは林へ入る直前、振り返った。


フードの男が、橋の上で立ち尽くしている。


追わせているのに、焦っていない目だ。


まるで――逃げ道が一つしかないと知っている者の目。


(まだ終わってない)


セリスィンはジョルテを引っ張り、林の奥へ走った。


背後で、笛の音がした。


短く、鋭い合図。


次の瞬間、林の右手側――別の道から足音が湧いた。


「こっちだ!」 「囲め!」


セリスィンの喉が鳴る。


(……前からも来る)


橋での混乱は、時間を稼いだだけだ。包囲そのものは崩れていない。むしろ、逃げ道を絞られた。


ジョルテが息を切らして言う。


「……もう、戦うしか」


「戦うにしても――場所を選ぶ」


セリスィンは林の先を見た。木々が途切れ、草地が開けている。その向こうに、細い道が一本。川沿いへ落ちる崖道。


(まずい。追い込まれる)


だが、左手には倒木がある。根がえぐれ、土が盛り上がった窪み。人が身を隠せる。足場も悪い。


「左だ」


セリスィンはジョルテを引き、倒木の影へ滑り込ませた。


「いいか。ここで一回だけ、追手を“薄く”する」


「どうやって」


「俺が先に出る。お前は、合図で背後を抜けろ」


ジョルテが睨む。


「貴様を餌にする気か」


「違う」


セリスィンは短く言った。


「俺は死なない。お前も死ぬな。――弟に会うんだろ」


ジョルテの瞳が揺れた。


その揺れは一瞬で消え、固くなる。


「……分かった」


足音が近い。枝が折れる音。息遣い。


セリスィンは拳を握った。


橋から落ちた石の音が、まだ耳の底に残っている。


追手の狩りは、次の段に入った。


そしてこの先は――石を落とせない。拳と刃の距離で、決まる。

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