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新・ガリア戦記  作者: 維岡 真
第3章 女騎士”ジョルテ”
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石橋の待ち人

川へ降りる道は、獣道みたいに細かった。


草が濡れていて滑る。土が崩れやすい。足音が立つ。セリスィンは歩幅を小さくし、ジョルテの手首を引いて速度を落とした。


「……遅い」


ジョルテが苛立ちを隠さず言う。


「落ちたら終わりだ」


セリスィンは短く返す。上から見られたら見つかる。川沿いを這うように進むしかない。


木立が途切れた先に、橋が見えた。


古い石橋。大きな街道橋と違って幅は狭く、渡る者も少ない。だが橋脚はしっかりしていて、下に薄い影ができる。


セリスィンは橋の下、石積みの陰にジョルテを押し込んだ。


「待て」


「何をする」


「見る」


息を殺して、橋の上を覗く。


――いた。


橋の真ん中寄り、欄干にもたれている影がひとつ。外套のフードを深く被り、川を見下ろしている。旅人のようにも見えるが、立ち方が妙に落ち着いている。


(あれが“会う約束の相手”か?)


セリスィンが視線を走らせると、橋のたもとにも影がある。二つ。いや、三つ。草陰に紛れるように、動かずに立っている。


セリスィンの喉が冷えた。


(……張ってる。最初から)


ジョルテが耳元で囁く。


「いるのか」


「ああ」


「……あれだ」


ジョルテの声がわずかに震えた。怒りではない。確認したい、という必死さだ。


セリスィンはジョルテの肩を押さえた。


「まだ出るな」


「弟の名を言ったんだ」


「だからだ。弟の名を言えるなら、お前のことも全部知ってる」


ジョルテの息が荒くなる。外套の下で小刀を握る手に力が入った。


そのとき、橋の上の影が――欄干から身を起こし、周囲を見回した。


そして、まるで“合図”のように口笛を吹いた。


短く、鋭い音。


次の瞬間、橋のたもとの草陰が動く。影が増える。左右から、川沿いから、畑側から。三人、四人、五人――。


ジョルテが呻く。


「……罠だ」


「分かってる」


セリスィンは即座に判断した。ここで飛び出せば終わる。だが、戻れば背後にもいる。追手は二口以上。すでに包囲に入っている。


(抜けるなら――一番薄いところを突く)


セリスィンは川面を見た。流れは速くない。だが石が多い。足を取られる。落ちれば終わりではないが、戦いながらは無理だ。


橋脚の陰から出るしかない。上へ――橋の下から階段状に上がれる崩れた石積みがある。


セリスィンはジョルテへ言った。


「俺が合図したら走れ。橋の“上”に出る」


「橋の上は敵だらけだ!」


「上に出るしかない。下は袋小路になる」


ジョルテが一瞬だけ迷い――頷いた。


セリスィンは石を拾った。手のひらに収まる大きさ。重さを確かめる。次に、折れた枝を一本。短い棍棒みたいに握れる。


そして、息を吸って吐いた。


「……今だ」


二人は影から飛び出した。


「いたぞ!」


叫び声が上がる。


橋の下の斜面を駆け上がる。石が崩れ、砂が落ちる。ジョルテが足を滑らせかけるのを、セリスィンが腕を引いて支えた。


橋の縁に手がかかった瞬間、上から男の影が降ってくる。


棒だ。


セリスィンは枝で受けた。乾いた音。衝撃が腕に走る。


「小僧が二人? いや――」


男がセリスィンの後ろを見て、ニヤついた。


「いたぞ。鎧の女だ」


ジョルテの肩が跳ねる。


(やっぱり、女だと知ってる)


セリスィンは男の膝へ石を投げた。狙いは当たった。男が一瞬崩れる。


「行け!」


セリスィンがジョルテを押し出す。ジョルテは外套を翻しながら橋の上へ出た。


だが、橋の上には“待っていた”影がいる。


フードの人物が、ゆっくり顔を上げた。


「……来たな、ジョルテ」


男の声だった。低い声。落ち着いた声。


ジョルテが凍りつく。


「お前……」


「約束通り来た。偉い偉い」


男は笑い、欄干から手を叩いた。


橋の両端から、男たちが詰めてくる。棒、短剣、縄。捕まえる道具だ。


「弟はどこだ!」


ジョルテが叫ぶ。


フードの男は肩をすくめた。


「弟? ああ……“居た”さ」


その言い方が、最悪だった。


ジョルテが前に出ようとする。セリスィンは即座に腕を掴んで止めた。


「行くな」


「離せ!」


「狙いはお前だ。頭に血が上ったら負ける」


ジョルテの瞳が、怒りで濡れる。


フードの男が、楽しそうに言った。


「おい、乱暴はするなよ。商品に傷をつけたら、こっちが困る」


男たちが笑う。


「だが――逃げた罰は必要だ」


男が指を鳴らす。


左右の男たちが一気に距離を詰めた。


セリスィンは枝を投げ捨て、目の前の男の棒を掴みに行った。正面からは殴られる。だから横。手首。肘。関節の角度。


棒を奪う。


そのまま柄で顎を打つ。男が倒れる。倒れた棒を踏み、次の男の脛を払う。


ジョルテが小刀で一閃した。浅いが、確実に腕を裂く。男が呻いて距離を取る。


「……剣闘士め」


フードの男が舌打ちした。


「そっちのガキは誰だ。用心棒か?」


セリスィンは答えない。


返答は無駄だ。今は“抜ける”だけ。


セリスィンはジョルテを背に庇い、棒を構えた。


「橋の端へ走れ。俺が道を作る」


「貴様は!」


「いいから行け!」


セリスィンが踏み込んだ。棒で男の手首を叩き、次に喉元へ突く。致命は避ける。だが躊躇はしない。


男が倒れ、その隙にジョルテが走る。


――だが、橋の端に“もう一人”いた。


さっきから見えなかった男だ。背丈は普通。武器は短い刃。動きが軽い。


(こいつが、もう一組の“戦える奴”か)


男はジョルテの進路にぴたりと立ち、静かに刃を構えた。


「お嬢ちゃん。止まれ」


ジョルテが足を止める。


セリスィンも止まった。


フードの男が笑う。


「そうだ。それでいい。大人しく戻れ、ジョルテ」


橋の上の空気が、一段冷えた。


セリスィンは棒を握り直す。


ここで無理に突っ込めば、ジョルテが切られる。


待てば、囲まれて終わる。


――選択肢は二つしかない。


セリスィンは、低く息を吐いた。


「……ジョルテ。合図したら伏せろ」


「何をする気だ」


「橋ごと、壊す」


ジョルテが目を見開く。


フードの男が眉をひそめた。


「何を言って――」


その瞬間、セリスィンは棒を捨て、橋の欄干へ飛びついた。石の隙間、古い継ぎ目――劣化した部分に狙いを定める。


路上育ちの勘が告げていた。


(この橋は“古い”。壊せる)


だが壊れるのは橋か、自分たちの運命か。


次の一手で、全部が決まる。

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