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新・ガリア戦記  作者: 維岡 真
第14章 怒りの矛先

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ゲルマンへ架ける橋

レーヌス河は、近くで見ると大きかった。

水の色が冷たいのではなく、冷たさそのものが流れているように見えた。


カエサルは河面を一度だけ見て、工兵に言った。

「始めろ」


命令は短かった。

だが軍全体が、戦陣を組むより素早く動いた。

誰もが理解していた。

これは戦いの前にする工事ではない。

工事そのものが戦いだ。


木を運ぶ音が鳴り始める。

鉄の鎖が擦れる音が混じる。

槌が試し打ちされ、乾いた反響が河辺に転がった。


セリスィンは腕を組んで、測量の杭が打たれていくのを見ていた。

テオトニクスが隣で呆れた声を出す。


「また工事かいな」


「まただな」

セリスィンは短く返す。


「兵士は建設業も兼ねんといけんのか」

テオトニクスが肩をすくめた。


「兼ねるんじゃない」

セリスィン。

「ローマ兵でいるためにやる」


「そういう真面目な言い方、寒さより刺さるわ」

テオトニクスは鼻で笑って、すぐ前を向いた。


河の深さが測られる。

縄が沈み、結び目が水面で揺れた。

流れの癖が読まれ、杭の位置が決まっていく。


工兵が太い材を二本、並べる。

太さは四十五センチ。

二本は六十センチの間隔を置いて結び合わせられた。


「棺桶みたいな骨やな」

テオトニクスが言った。


「棺桶じゃない」

セリスィン。

「道だ」


「棺桶の上に道を置くんか」

テオトニクス。


セリスィンはため息を吐きかけて、やめた。

今は言い返しても工事は進まない。


結び合わせた二本の材は、機械に掛けられた。

滑車と梃子が唸り、太い木が宙を移動する。

そのまま河へ下ろされる。

固定される。


杭は札のように垂直には立てない。

流れに逆らって折れぬように。

流れに従いすぎて倒れぬように。

河の力に応じて、前に倒れるように傾斜させる。


「わざと倒すんか」

テオトニクスが目を丸くする。


「倒すんじゃない」

セリスィンが言った。

「倒れる角度で、噛ませる」


槌が振り下ろされた。

鈍い音が連続して河辺を叩く。

傾いた杭が沈み、さらに槌で打ち込まれる。

木が水を切る音が、いつの間にか鉄の音に勝っていた。


そこから下流へ、十二メートルほど。

同じように結び合わせた二本が、今度は逆向きに据えられる。

河の流れと力に抗うように。

つまり、上流側の杭と下流側の杭が、互いに逆の方向へ引っ張り合う形になる。


「おいおい」

テオトニクスが口を開けたまま言った。

「なんやこれは」

「手品かいな」


セリスィンは珍しく、少しだけ口元を緩めた。

「手品じゃない」

「力学だ」


「力学って言葉も手品みたいなもんや」

テオトニクス。


上流側と下流側。

二つの杭組の上に、横材が渡される。

結び目が空けている幅に合う、太さ六十センチの木材だ。

その横材が置かれると、二つはそれぞれ端の両側で留木で固められた。


留木が締まり、楔が打たれる。

木と木が鳴り、鳴いた後に静かに噛み合う。


杭組は一定の間隔で繰り返される。

しかも互いに逆の方向に結び固められている。

仕事がしっかりしていること。

自然の状態に適っていること。

その二つが同時に揃うと、工事は“丈夫”ではなく“賢い”ものになる。


水の力が強くなればなるほど、いよいよ固く結ばれる。

流れが押せば押すほど、杭組は互いを締め上げる。

河が橋を壊そうとする力が、橋を締める力に変わっていく。


テオトニクスが唸った。

「河に勝つんやなくて」

「河に働かせるんやな」


セリスィンは頷いた。

「そういうことだ」


「誰が思いつくねん」

テオトニクス。


「閣下が思いつくわけじゃない」

セリスィン。

「閣下は、作らせる」

「作れる者を集めて、作らせる」


その言葉を聞いて、テオトニクスは何も返せなかった。

納得するしかない沈黙がある。

ローマは、そういう沈黙で出来ている。


工事は続いた。

昼も夜も、火が消えない。

槌の音が止まらない。

交代の角笛が鳴り、濡れた手が乾く前に次の手が材を掴む。


十日目。

最後の留木が打ち込まれた。

横材の上に床板が並び、手すりが固められていく。

兵が試しに歩き、沈みを確かめ、すぐ走って戻って報告する。


「揺れは」

工兵が訊く。


「生きてる揺れだ」

セリスィンが答えた。

「死ぬ揺れじゃない」


テオトニクスが橋の上で足踏みした。

「おお」

「ほんまに道や」


「道だ」

セリスィンは繰り返した。


橋は、十日間で完了した。

誰も祝杯を上げなかった。

祝うには早い。

この橋が示すのは完成ではない。

これから始まるものの、入口だった。

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