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新・ガリア戦記  作者: 維岡 真
第14章 怒りの矛先
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ピーソー兄弟

カエサルの軍は行進を続けていた。

冬の冷えはまだ地面に残っているが、隊列は止まらない。

歩兵の鎧の擦れる音に混じって、異なる言葉の笑い声が聞こえる。


この軍にはローマ兵だけではなく、すでに平定したガリア諸部族の兵もいた。

とりわけ騎兵は半分ほどがガリアの者だった。

その中には昨年、クラッスス・ジュニアが屈服させたアクィーターニアの者たちも混じっている。


そのアクィーターニア騎兵の列で、ピーソー兄弟は並んでいた。

兄のピーソーは手綱を軽く引き、弟の顔を横目で見た。


「寒さに文句を言うなよ」

「寒さは黙ってても来る」


「来るなら来るで、もう少し礼儀よく来い」

弟は鼻を鳴らした。


「礼儀のある寒さは葡萄酒と一緒にローマへ行った」

兄が笑うと、弟もつられて口元を緩めた。


「それで、ローマの騎兵はいつになったら上手くなる」

「さっきから手綱が踊ってるぞ」


「言うな」

弟は前方のローマ騎兵を顎で指した。

「こっちの馬は小さい」

「でも、足は嘘をつかん」


「足が嘘をつかないのは、敵も同じだ」

兄はそう言って、遠くの地形を見た。


「先日、休戦だの友情だの、喋りに来た連中がな」

弟が吐き捨てる。


「言葉が先に来る時は、刃が後から来る」

兄は笑いを消した。


その時だった。

前方の空気が、馬の匂いで一気に濁った。

土が弾け、蹄が地面を叩き割る音が押し寄せる。


「敵騎兵だっ」

誰かが叫んだ。


ゲルマンの騎兵が、横腹に突き刺さるように突っ込んできた。

つい先日、休戦を持ちかけてきたウシペテース族とテンクテーリー族が仕掛けてきたのだと、理解した時には遅い。

ローマ側の騎兵は混乱し、合図が噛み合わず、隊列が崩れていく。


「嘘つきがっ」

弟が叫んだ。


「怒るな、整えろ」

兄が怒鳴り返す。

「輪を作れ」

「離れるな」


だが、崩れた列は戻りにくい。

敵は速かった。

散っているのに狙いが揃っている。

ローマ騎兵が向きを変える前に、次の突きが来る。


「兄貴」

弟の声が裏返った。


弟は敵の中に飲まれかけていた。

馬の首が押され、肩がぶつかり、槍先が視界を埋める。

弟の周りに、ゲルマンの騎兵が輪を作った。


「くそ、こっちだ」

兄のピーソーが馬腹を蹴った。


「来るな」

弟が叫ぶ。

「囲まれる」


「黙れ」

兄が叫び返した。

「弟を置いて帰れるか」


兄は輪に突っ込んだ。

槍を弾き、盾で押し、馬の体ごと割り込む。

弟の手綱を掴み、引きずり出すように輪の外へ押し出した。


「行け」

兄が命じた。


「一緒にだ」

弟が歯を食いしばる。


「行け」

兄の声が鋭くなった。


弟の馬がよろけながらも前へ出た、その瞬間。

兄の馬が跳ねた。

足を取られたのか、突かれたのか。

兄は耐えた。

耐えたが、次が来た。


「兄貴」

弟の喉から、嫌な音が出た。


兄は落馬した。

地面に背がつく前に、攻撃が重なった。

槍、剣、石ではない。

蹄と刃の、近い戦いだ。

兄は在らん抵抗をした。

だが、囲まれた者の抵抗は、数で削られる。


弟は引き返した。


「やめろ」

誰かが叫んだ。

ガリアの仲間か、ローマの騎兵か。

聞き分ける暇はない。


「兄貴を」

弟は言った。

「兄貴を返せ」


弟は敵に突っ込んだ。

怒りは速い。

だが、怒りは列を作らない。

弟の馬は弾かれ、弟の身体が揺れた。

次の瞬間、弟は地面に倒れた。


兄の近くで、弟の動きが止まった。

二人の死は、叫びより短かった。


その日の騎兵戦は、勝敗よりもまず混乱が残った。

ローマ軍はこの戦闘で、騎兵を七十四騎失った。

数字が報告された時、誰も声を上げなかった。

失った名の中に、ピーソー兄弟の名が入っていたからだ。



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