三日の猶予
カエサルの前に、長身の男たちが並んだ。
髪は固く結われ、目はまっすぐで、膝を折る気配がない。
通訳が一歩後ろで息を整える。
「使節か」
カエサルは椅子に深く座らずに言った。
使節の一人が胸を叩く。
「こちらから先に戦いを挑みはしない」
「だが、襲われればその限りではない」
「挑まれれば抵抗し、慈悲を乞わないのは、ゲルマン人が祖先から受け継いだ風習だ」
「誇りの話は短くしろ」
サビヌスが低く言った。
使節は眉一つ動かさない。
「そもそも我らは国から追われ、やむなく来た」
「ローマが親愛を望むなら、有力な友となろう」
「親愛」
ペディウスが口の端を上げた。
「まず人の家の敷居を跨がずに言うべき言葉だな」
使節は続ける。
「土地を与えてくれるか」
「あるいは、武力で取ったものを認めていただきたい」
ここでクラッスス・ジュニアが小さく息を吐いた。
「取ったものを認めろ、か」
「ずいぶん素直だな」
使節はその皮肉にも動じない。
「不滅の神々も手を焼くスヴェヴィには譲歩する」
「だが、そのほかに征服できないものはない」
通訳の声が少し震えた。
言葉の鋭さに自分の舌が切れそうだった。
カエサルは指を組み、使節を見上げる。
「ならば、スヴェヴィを征服してから来い」
使節の顔が僅かに硬くなる。
それでも退かない。
カエサルは言葉を重ねた。
「ガリアにぐずぐずしている限り、友情など有り得ない」
「ぐずぐず、だと」
使節が初めて感情を見せた。
「そうだ」
カエサル。
「歩くなら歩け」
「止まるなら帰れ」
ラビエヌスが横から差す。
「三年流浪した足が、ガリアでだけ急に慎重になるのは不自然だ」
使節は唇を引く。
「我らは慎重なのではない」
「礼を尽くしている」
「礼は領地を返してからだ」
ペディウス。
カエサルは話を切り替えずに畳みかけた。
「自分たちの領土もろくに保てなかった者たちが、他人の領地を取るというのは、いささか穏当ではない」
クラッスス・ジュニアが使節を測るように見る。
「穏当じゃない、で済ますのがローマの優しさだと思え」
使節の一人が喉を鳴らす。
「ならば、土地は」
カエサルは首を横に振った。
「ガリアには、何の損失もなく、そんな大群に与えられる土地はない」
サビヌスが静かに付け足す。
「ローマは空地を持っているから与えるのではない」
「持っているものを守れるから、与える資格がある」
使節が言い返す。
「ならば我らは、ここで取って生きる」
「生きたいなら、道を選べ」
カエサルは視線を逸らさない。
「もしもだめってんなら、ウビィ族を頼めばいい」
「ウビィ族の使節は、すでにここに来ている」
「スヴェヴィの不正を訴え、我らの助けを求めている」
使節が互いに目を交わした。
その一瞬の揺れを、カエサルは見逃さない。
「事情を考慮しよう」
使節は言葉を選ぶように言った。
「三日後、あらためて来る」
「その間、カエサル」
「陣地を、これ以上近づけないでいただきたい」
天幕の空気がぴたりと止まった。
クラッスス・ジュニアが鼻で笑う。
「条件を出す立場か」
ペディウスが肩をすくめる。
「三日で何をする気だ」
サビヌスは、あえて穏やかに言った。
「三日で“仲間に伝える”と言ったな」
「仲間とは誰だ」
使節は答えない。
答えないことが答えだった。
カエサルが椅子から立ち上がった。
「ノーだ」
通訳が一瞬、訳すのを忘れた。
カエサルの声が短すぎたからだ。
カエサルは言い直す。
「陣地は近づける」
「こちらの足を止めたいなら、剣で止めろ」
使節の目が細くなる。
「約束を拒むのか」
「約束ではない」
カエサル。
「猶予の要求だ」
「猶予は強者が与えるもので、弱者が取るものではない」
ラビエヌスが続ける。
「三日の間に、騎兵が集まる」
「あるいは、スヴェヴィが来る」
「どちらでも困るのは我らだ」
使節が唇を噛む。
「ならば、戦う」
「戦うのは構わん」
カエサル。
「だが、戦いの場所と時刻は、こちらが決める」
使節たちは礼もなく踵を返した。
出ていく背中は高く、そして硬い。
天幕の布が揺れ、冷気が入り込む。
ペディウスが先に口を開いた。
「今ので、相手はますます急ぐぞ」
「急がせる」
カエサル。
「急いだ足は隊列を崩す」
サビヌスが顎に手をやる。
「三日の猶予を拒んだのは正しい」
「だが、こちらのガリア騎兵は」
「信じろとは言わん」
カエサルは即答した。
「使え」
クラッスス・ジュニアが頷く。
「相手は移動が速い」
「追うなら騎兵だ」
「歩兵は“場所”を作れ」
ラビエヌスが地図の川筋を指した。
「渡河点と糧秣」
「ここを押さえれば、相手は“座る場所”を失う」
カエサルは火鉢の赤を一度だけ見た。
「ガリア人が、ゲルマンのやり方に憧れるのが一番まずい」
「だから」
「見せる」
「ローマのやり方で、移動する敵を止める」
サビヌスが低く笑った。
「止め方は色々ある」
「今夜は、噂から止めるか」
「好きにしろ」
カエサル。
「ただし、明日の朝には道が伸びていなければならん」
クラッスス・ジュニアが外を見やる。
「三日をくれと言った」
「三日もやらんと言った」
「相手は焦る」
「焦らせたまま」
カエサルが言った。
「こちらは淡々と近づく」
天幕の外で角笛が鳴った。
騎兵の集合が始まる音だ。
ペディウスが兜を取り上げる。
「行くか」
カエサルは頷いた。
「行く」
「三日後に来るなら、来い」
「そのとき、こちらはもっと近い」




