流浪の果て
「報せです」
夜明け前の天幕に、伝令が雪を払って入ってきた。
カエサルは蝋板から目を上げた。
「言え」
「ウシペテース族とテンクテーリー族の件」
「連中はスヴェヴィに追い出されてから、三年にわたりゲルマンの各地を流浪していたそうです」
ラビエヌスが眉を動かした。
「三年も」
「飢えれば群れは軽くなる」
デキムスが低く言った。
伝令は続ける。
「流浪の末、レーヌス河にたどり着きました」
「しかし河畔には、メナピー族が住んでいました」
「メナピー」
カエサルの声が短くなる。
「森と湿地の」
「はい」
「メナピー族は、河のこちらにも向こうにも家と畑を持ち、いざとなれば森へ溶ける部族です」
ラビエヌスが尋ねた。
「ゲルマンは、どうした」
伝令は一息に答えた。
「メナピー族を出し抜きました」
「メナピーが家を捨てて森へ退いた隙に、河畔の集落に入り込み」
「そのまま住み始めています」
「奪ったのか」
セリスィンが小さく言った。
「奪ったというより、空いた場所に座った」
ラビエヌスが顔をしかめた。
「いや、同じことか」
テオトニクスが吐き捨てる。
「居座ったもん勝ちってやつやな」
セリスィンが睨む。
「笑う話じゃない」
カエサルは指を組んだ。
火鉢の赤が、瞳の底で揺れた。
「放置すれば、ガリアが真似をする」
カエサルはゆっくり言った。
「ガリア人は、企てやすい」
「変革を好む」
「気まぐれに見えるほど、移り気だ」
ラビエヌスが頷く。
「新しい強者の型を見れば、すぐ寄りかかります」
「ゲルマンが“寄りかかり先”になるのが、最悪だ」
カエサル。
伝令がもう一枚の札を差し出した。
「さらに」
「連中は思ったより移動が速く」
「すでにトレーウェリー族の被護民である、エブロネース族とコンドルーシー族の領地に達したとのことです」
天幕の空気が、そこで一段冷える。
「早いな」
デキムスが言った。
「三年流浪した足は、止まらない」
ラビエヌス。
「しかも、住む場所を奪ってでも止まる」
セリスィンが唇を噛んだ。
「エブロネースとコンドルーシーが揺れたら、トレーウェリーも揺れます」
「揺れは、森より広がる」
カエサルが言った。
テオトニクスが肩をすくめる。
「で、どう叩くんや」
カエサルは答える代わりに、伝令へ視線を投げた。
「騎兵は」
「集められます」
伝令。
「周辺のガリア人から供出させれば」
カエサルは頷いた。
「よし」
「ガリア人の騎兵を出す」
「彼ら自身の土地で、彼ら自身に戦わせる」
ラビエヌスが即座に言う。
「ローマ騎兵だけでは数が足りませんし」
「土地勘も向こうが上です」
「使えるものは使う」
カエサル。
「ただし手綱はこちらが握る」
テオトニクスが小声でセリスィンに言った。
「ガリアの手綱って、噛むで」
セリスィンは目を伏せず返した。
「噛ませたまま走らせると、いずれ噛み切る」
「だから、今ここで締め直す」
カエサルが立ち上がった。
「斥候を倍にしろ」
「渡河点を押さえろ」
「そして騎兵の召集を急げ」
「この火は、森へ移る前に消す」
伝令が敬礼する。
「承知しました」
ラビエヌスが最後に確認した。
「敵は、逃げ場を探している二部族です」
「だが背後はスヴェヴィ」
「前はガリア」
カエサルは短く答えた。
「だからこそ危険だ」
「追い詰められた者は、他人の家に居座る」
「次は心に居座る」
火鉢の赤が、ふっと暗くなった。
外では角笛が鳴り、騎兵の点呼が始まっていた。




