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新・ガリア戦記  作者: 維岡 真
第14章 怒りの矛先

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荒れ地の勲章

焚き火の脂がはぜた。

乾いた音が続くたび、兵の視線がレーヌスの方角へ吸われていく。


「スヴェヴィを“最強”と言うのは、数の話だけではない」

ラビエヌスが地図の縁を指で押さえた。


「強い理由を言え」

カエサルが促す。


「まず、体だ」

ラビエヌス。

「肉を主食にしている」

「丈は高く、骨が太い」


テオトニクスが口を尖らせる。

「肉だけであんなになるんか」


「肉だけではない」

デキムスが短く切る。

「毎日、武術の訓練をする」


セリスィンが静かに訊いた。

「寒い土地でも」


「寒くても、毛皮しかまとわない」

ラビエヌス。

「それも全身には足りない」

「我らから見れば半裸だ」


テオトニクスが笑いかけて、すぐに喉を鳴らして黙った。

冗談にしていい話ではない、と火の前の空気が教えていた。


カエサルが蝋板をめくる。

「商人は入れているのか」


「締め出してはいない」

ラビエヌス。

「だが、彼らが売るのは自分たちの産物ではない」


「強奪品」

セリスィンが言葉を継いだ。


「そうだ」

ラビエヌス。

「奪ったものを売るために商人を使う」


「つまり、取引が“家畜の綱”になっていない」

デキムスが呟く。

「供給を止めても、困らない」


カエサルが頷いた。

「葡萄酒はどうだ」


ラビエヌスは鼻で息を吐いた。

「禁じている」

「軟弱にすると言ってな」


テオトニクスが肩をすくめる。

「耳が痛いわ」


セリスィンが睨む。

「お前の弱さの話じゃない」


「馬はどうなんだ?」

カエサルが続けた。


「他地方の美しく丈高い馬を嫌う」

ラビエヌス。

「自分たちのところで飼育する、小型で頑丈な馬を好む」


デキムスが焚き火の火箸を動かす。

「見映えより、耐える足」

「遠征向きだ」


「勝ち方も違う」

ラビエヌスが声を落とした。


「属州にするのか」

セリスィン。


「しない」

ラビエヌス。

「勝っても、土地を治めるより荒らす」


テオトニクスが眉をひそめた。

「荒らすって、畑も村も」


「荒れ地にすること自体が、勲章らしい」

ラビエヌス。

「屈服させた証」

「誇りの印だ」


火が一度、強く鳴った。

誰も笑わなかった。


「噂では」

ラビエヌスが言い添える。

「九百キロメートル以上が荒れ地になっている」


テオトニクスが小さく舌打ちした。

「距離で誇るんかいな」


カエサルは視線を上げない。

「誇りが土地を食うなら、我らの道も食われる」


そこへ、見張りの声が天幕の外から飛び込んだ。

「使者です」

「レーヌス沿いの者どもが、面会を乞うと」


ラビエヌスがすぐに立つ。

「来たか」


天幕に入ってきた男たちは、ガリアの衣に似ていながら、どこか線が固かった。

言葉もガリアに近いが、訛りが違う。


「我らはウビィ」

先頭の男が胸に手を当てた。

「レーヌスに臨む民だ」


テオトニクスが小声でセリスィンに言う。

「さっきの“もう一つ”やな」


セリスィンは頷いた。

「ゲルマンの中で最大、と聞いた」


カエサルは使者を見た。

「ウビィは、他と違うと」


使者が即座に答えた。

「我らは都市を持つ」

「商人も来る」

「近いゆえに、ガリアの風習にも慣れている」


ラビエヌスが言う。

「文化がローマに近いとも聞く」


使者は一瞬だけ、誇りと恐れの間の顔をした。

「近しいところもある」

「だが、それが我らを守ってはくれぬ」


「スヴェヴィか」

カエサル。


「幾度も交戦した」

使者。

「領地は大きく、我らを追い出すことはできない」

「だが、年貢金を取る」

「それで満足する」


テオトニクスが唸る。

「追い出せへんのに、金だけ取るって」

「腹立つな」


「腹が立つだけでは済まぬ」

セリスィンが使者を見た。

「次は、荒れ地にされる」


使者の喉が鳴った。

「我らはそれを恐れる」


カエサルは静かに問うた。

「ウシペテースとテンクテーリーが動いたのも、それが原因か」


使者は躊躇し、しかし頷いた。

「押された」

「西へ追われた」


ラビエヌスが口を挟む。

「押したのはスヴェヴィ」


「そうだ」

使者。


カエサルは焚き火の火を一度だけ見た。

「荒れ地の勲章か」

「なら、こちらは別の勲章を見せてやる」


テオトニクスが不安げに笑う。

「勲章って、だいたい血でできてるやつやろ」


カエサルは笑わない。

「血で済むなら安い」

「道が切れれば、もっと高くつく」


デキムスが立ち上がる。

「使者」

「ウビィの川辺の渡河点を示せ」


使者が息を呑む。

「ローマは、レーヌスを動かすのか」


「動かすのは川ではない」

カエサルが答えた。

「人の考えだ」

「荒れ地にしたがる者には」

「荒れ地の外で戦わせる」


セリスィンはその言葉の意味を噛んだ。

定住せず、私有地も持たず、荒らすことを誇りにする相手。

焼く脅しも、奪う脅しも、効きにくい相手。


テオトニクスがぽつりと言った。

「相手の誇りの形が、こっちと違いすぎるな」


セリスィンは答えた。

「だから、学ぶ」

「勝つために」


カエサルが命じる。

「ラビエヌス、情報をまとめろ」

「デキムス、川沿いの警戒を固めろ」

「使者は客として扱え」

「だが、嘘をつけば囚人だ」


ウビィの使者が深く頭を下げた。

「我らは嘘をつかぬ」

「嘘をつけば、次に奪われるのは命だからだ」


焚き火の音が、さっきより低くなった。

冬営地の静けさは、もう終わりかけていた。



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