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新・ガリア戦記  作者: 維岡 真
第13章 疾風怒濤
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冬営と噂の季節

冬営の季節がやってきた。

海と森と沼に追われるように戦を切り上げた軍は、今度は土と木と塩で自分の居場所を作る。

戦いを終えた一行は、ノルマンディーからメーヌ地方にかけて分散して冬営することになった。

火が増え、柵が増え、兵の声は小さくなる。

冬は声が大きい者から凍らせる。


セリスィンは、久しぶりにテオトニクスと顔を合わせた。

互いの姿を見た瞬間、言葉より先に息が出る。

生きていた息だ。


「おい」

セリスィンが言う

「生きてたか」


「そっちこそ」

テオトニクスが返す

「いろいろ危なかったわ」


テオトニクスが笑う。

笑い方は変わらない。

だが目が少しだけ落ち着いている。


「なんかお前」

テオトニクスが言う

「また一段とたくましくなったな」


セリスィンは肩をすくめた。

褒められると居心地が悪い。

だが昔よりは、その居心地の悪さを飲み込める。


「お前もな」

セリスィンが言う

「笑い方が少し硬い」


「戦のせいや」

テオトニクスが言う

「笑うのも筋肉使うって知ってもうた」


二人の周りで兵が火をいじり、鍋が小さく鳴った。

冬営の鍋の音は、剣の音とは違う。

それでも命に近い音だ。


少し離れたところで、デキムスとクラッスス・ジュニアが言葉を交わしていた。

二人の会話は短い。

短いが、周囲の空気を変える短さだ。


「俺の作った船は」

クラッスス・ジュニアが言う

「壊さんかったみたいだな」


デキムスは僅かに口角を動かした。

笑いというほどではない。


「馬鹿と鋏は使いようっていうからな」

デキムスが言う


クラッスス・ジュニアが鼻で笑った。


「俺を馬鹿に入れるな」


「入れてない」

デキムスが返す

「鋏だ」


「褒めてるのか」

クラッスス・ジュニアが言う


「使っただけだ」

デキムスが言う


そのやり取りを遠目に見て、テオトニクスがセリスィンに小声で言う。


「相変わらずやな」

「あいつら、仲ええんか悪いんか分からん」


「分からない方が強い」

セリスィンが答える

「分かると、つけ入る隙になる」


「ほんまお前、たくましくなったわ」

テオトニクスが言う


久々の再会に話が弾んだ。

弾むといっても、笑いだけではない。

傷の場所。

死にかけた瞬間。

助かった偶然。

語るたびに火が少しだけ強くなる。

冬の火は、言葉で育つ。


その傍らで、噂が走っていた。

冬は噂がよく走る。

外に出られない分、舌が走る。


「聞いたか」

兵が言う

「閣下が何人かローマに連れて帰るらしい」


「冬にか」

別の兵が言う

「なんでも執政官の選挙目的らしい」


「冬?」

テオトニクスが眉を上げる

「執政官の選挙は夏じゃ」


セリスィンも首を傾げる。

常識の範囲で言えばそうだ。

だが常識を動かすのが、あの男たちだ。


火の向こうで、古参兵が言った。


「ルッカでの会談で」

「今年は冬にやることが決まったらしい」


「冬に選挙?」

若い兵が目を丸くする

「そんなことできるのか」


古参兵が肩をすくめる。


「できるようにするんだろ」

「閣下はいつもそうだ」


別の兵が声を落とす。


「なんでも」

「ポンペイウスとクラッススを執政官にする目的だと」


その名が出た瞬間、火の爆ぜる音が妙に大きく聞こえた。

ポンペイウス。

クラッスス。

そしてカエサル。

名前だけで、冬営の空気が政治の匂いに染まる。


テオトニクスが口を尖らせた。


「戦って勝っても」

「結局ローマで決まるんか」


セリスィンは火を見つめた。

戦場の勝利は、確かにここにある。

だがその勝利を、どの形でローマへ持ち帰るか。

それは剣ではなく、椅子と票と噂が決める。


「ローマで決まるなら」

セリスィンが言う

「ローマでも勝つつもりなんだろ」


テオトニクスが鼻で笑う。


「勝ちグセついとるな、あいつら」


火は揺れ、鍋が鳴り、兵は笑った。

だが笑いの底には、次の季節の匂いがあった。

冬営は休みではない。

次の戦のための溜め息だ。

そして噂は、その溜め息に形を与える。


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