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新・ガリア戦記  作者: 維岡 真
第13章 疾風怒濤
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山腹の陣

ソティアーテース族の土塀を越えた後。

クラッスス・ジュニアの軍は南西へ歩みを進めた。

勝った直後の足は軽い。

軽い足は、罠の前で転ぶ。

だから彼は、勝利の熱を冷ましながら進ませた。


「前へ出すな」

クラッスス・ジュニアが言う

「勝ち急ぐな」

「敵は今、まとまっている」


斥候の報せはその通りだった。

アクィーターニアの諸部族は会議を開き。

誓約を交わし。

互いに人質を差し出し。

さらにピュレネーの向こうからも兵を呼び込んでいた。

セルトリウスの戦争を知る者たち。

ローマの列の崩し方を知る者たち。


「舐められとるな」

テオトニクスが小声で言う


千夫長が横から返す。


「舐めさせておけ」

「舐めた舌は切りやすい」


数日後。

敵は姿を現した。


だが現し方が、ただの蛮族のそれではなかった。

勝てる場所を選び。

負けない形で並ぶ。

高地。

河。

森。

斜面。

攻める側の足を重くするものを背負い。

守る側の息を軽くするものを前に置く。


「……場所がいやらしい」

幕僚が言う


クラッスス・ジュニアは頷いた。


「戦を知っている」

「ヒスパニアの匂いだ」


ローマ軍は敵の見えるところに野営地を設けた。

近すぎれば矢が届く。

遠すぎれば逃げられる。

その間合いで、柵と壕が掘られる。

掘っている間も敵は見ている。

見られている間に掘るのが軍団だ。


テオトニクスは騎兵の列のところで馬の首を撫でながら言った。


「ほな、すぐにぶつかるんか」


騎兵隊長が首を振る。


「すぐには来ない」

「来ないようにしてる」


「来ないのに集まったんかい」

テオトニクスが鼻で笑う


「集まったから来ない」

騎兵隊長が言う

「まとまった奴ほど、崩れ方を怖がる」


その日から、戦は小さく始まった。

騎兵戦だ。

互いの斥候がぶつかり。

互いの前衛が試し合う。

槍が飛び。

馬が鳴き。

土煙が上がる。

だが決戦にはならない。


敵は巧みに引いた。

押し込まれそうになれば下がり。

追わせて谷へ誘い。

追わせて森の陰へ誘う。

こちらが列を伸ばした瞬間だけ、矢が増える。


「釣り針やな」

テオトニクスが言う

「食いついたら終わりや」


百人隊長が返す。


「分かっているなら食いつくな」


テオトニクスは舌打ちして馬を抑えた。

抑えるのは彼には難しい。

だが難しいことをやらせるために、軍団は彼をここに置いている。


クラッスス・ジュニアは戦列を崩さず、相手の手を読んでいた。

敵は戦を長引かせようとしている。

正面から当たらない。

当たらずに、こちらの穀物と足を削ろうとしている。

セルトリウスの戦争でローマに痛みを与えたやり方だ。


幕僚が言う。


「閣下、敵は我らを野に出させません」

「採集も水汲みも危うい」


クラッスス・ジュニアは答える。


「だから最初から整えた」

「穀物はある」

「焦れない」


「だが敵は」

幕僚が続ける

「こちらが焦れた瞬間を待ちます」


クラッスス・ジュニアは頷いた。


「待たせておけ」

「待っている間に、相手の形が崩れる」


テオトニクスが口を挟む。


「崩れる前に、こっちが腐らへんか」


クラッスス・ジュニアはテオトニクスを見た。

叱る目ではない。

働かせる目だ。


「腐らせない」

「騎兵を動かせ」

「敵の前に出すな」

「横を踏め」

「夜に眠らせるな」


テオトニクスは頷いた。


「ほな、寝かせんようにしとくわ」


夕方。

敵の陣から角笛が鳴った。

整列の合図だ。

だが突撃の合図ではない。

見せつける合図だ。


「来い」

ローマの兵が小さく言う

「来ないなら俺が行くぞ」


別の兵が吐き捨てる。


「行ったら、相手の思うつぼだ」


苛立ちと理性が、同じ焚き火の周りで噛み合う。

その噛み合いを、クラッスス・ジュニアは聞いていた。

聞いて、最後に短く言った。


「明日も同じだと思うな」


幕僚が問う。


「明日、動きますか」


クラッスス・ジュニアは答えない。

答えないことが、命令の準備になる。


テオトニクスは火の向こうで笑った。

笑いは軽いが、目は笑っていない。


「いよいよやな」


その夜。

ローマの野営地は静かだった。

静かさは恐れではない。

形を崩さないための静けさだ。


敵の陣も静かだった。

静かさは恐れではない。

こちらを焦らせるための静けさだ。


両者の静けさが向かい合い。

その真ん中で、アクィーターニアの戦はようやく決戦の形を取り始めていた。

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