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新・ガリア戦記  作者: 維岡 真
第12章 若き天才

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尊重の名の下に

海が折れた後、残ったウェネティー族には選べる道がほとんどなかった。

船を失い、拠点を失い、海の結び目を断たれた。

彼らが誇った交易も、同盟も、財産も、今は海の上に散っている。

残ったのは人だけだ。

人だけ残った者は、最後に権力へすがる。


降伏の使者が来た。

以前のように胸を張った言葉はない。

喉の奥を擦るような声で、ただ命を差し出す。


「許しを」

そう言って頭を下げた。


同じ頃。

捕らえられていた千夫長たちも戻ってきた。

ウェラニウス。

シーリウス。

テラシディウス。

トレビウス。

痩せ、顔色は土の色で、それでも歩いて帰ってきた。

軍団はその姿を見て、ようやく腹の底の何かが外れた。

人質は鎖だ。

鎖が外れた音は、勝利の歓声とは別のところで鳴る。


「生きていたか」

誰かが言い


「生きている」

千夫長が答える。


それだけで充分だった。


処遇を決めるための集まりは、勝利の宴とは空気が違った。

焚き火は燃えているのに、熱が薄い。

人の視線がまっすぐで、笑いがない。


カエサルが立ち、周囲を見回した。

彼は勝利の指揮官の顔をしていない。

裁く者の顔だった。


「今回」

カエサルが言う

「奴らは沿岸諸部族を共闘に導いたウェネティー族だ」


幕僚が息を飲む。

言葉がすでに結論を含んでいる。


「この野蛮人どもには」

カエサルは続ける

「以後、外交関係を尊重しないことを分からせる」


誰かが口を開きかけ、閉じた。

反論ではない。

確認を挟む勇気がない。


カエサルの声は淡々としていた。

淡々としているほど、血が近い。


「不当な拘留」

「誓約破棄」

「異民族間の共生には不可欠なルールを踏み躙った」


「文化とは尊重だ」

カエサルは言った

「それを履き違えた者には、それ相応の罰を与える」


尊重。

その言葉が、セリスィンの胸でざらついた。

尊重と言いながら、罰で教える。

罰で教えることが必要なのも分かる。

分かるからこそ、気持ちが割れる。


テオトニクスは不在だった。

南へ行っている。

軽口で息を抜けない。

だからセリスィンは、息を飲むしかなかった。


デキムスは無表情のまま聞いていた。

彼は裁く側の匂いがする。

戦で人を斬った匂いではない。

処理で人を消す匂いだ。


処遇の日が来た。


朝の空は乾いていた。

乾いた空は、声がよく響く。

響くほど、噂は速くなる。


セリスィンは装備を整えようとしていた。

だが、その前にデキムスが現れた。


「待機しろ」

デキムスが言う


セリスィンは一拍遅れて聞き返す。


「……俺も行きます」


デキムスの目が動かない。

動かないまま、言葉だけが落ちる。


「お前は来なくていい」


それだけだった。

理由は言わない。

理由を言えば、理由を巡って言葉が増える。

増えた言葉は、余計な傷を作る。


セリスィンはその場に立ち尽くした。

命令に従うべきだと分かっている。

だが従うほど、胸が汚れる気もした。

行けば汚れる。

行かなければもっと汚れる。

そういう類の場面だと、本能が知っている。


「……分かりました」

セリスィンは言った。


デキムスは頷きもしない。

ただ踵を返す。

背中が遠ざかる。


セリスィンはその背中を見送った。

親切心なのか。

邪魔になるからなのか。

真意は分からない。


分からないまま、結果だけが残る。

自分はその場にいない。

その場の光景が、自分の目に刺さらない。


噂はすぐ回った。

流れた話だ。

確かな目撃ではない。

だが軍中の噂は、たいてい真実の骨格を持つ。


長老たちは死刑。

残る者は奴隷として売られていった。


セリスィンは焚き火の前で手を握り締めた。

海戦の勝利の熱が、まだ掌に残っている。

その熱が、別の冷たさに変わっていくのを感じた。


勝った。

救出した。

そして裁いた。

それがローマのやり方だ。


デキムスの命令で、セリスィンは傷から遠ざけられた。

遠ざけられたから、傷が治るわけではない。

見なかった光景は、別の形で胸の中に住み着く。


セリスィンは、遠くで上がる歓声を聞いた。

勝利の歓声だ。

その中に、売られていく者の声は混じらない。


混じらないからこそ、ローマは強い。

その強さを、彼は少しだけ恐ろしく思った。


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