女流剣闘士
一撃だった。
兜がずれ、ほんの刹那――彼女の顔が露わになった。
観客が気づいたかどうかは分からない。
彼女はすぐに兜を拾い、何事もなかったように被り直した。短髪で、遠目には判別しづらい。少なくとも歓声の波の中に「女だ」と気づいたざわめきは混じっていないように思えた。
女性の剣闘士自体は、珍しくない。
だが、男の剣闘士に混じって戦う女をセリスィンは見たことがなかった。
――だからこそ、彼女は宿でも兜を外さなかったのだろう。誰とも話さず、一人で。
(……なぜ、そこまでして?)
答えを探しかけたところで、彼女の剣が唸った。
上の空になりかけたセリスィンは、はっとして受け止める。
そこから先は、彼女の猛攻だった。
兜を取られたのが癪に障ったのか、怒りを押し殺す余裕すらないのか。次々と、息をつかせぬ連撃が飛んでくる。鋭い。綺麗だ。迷いがない。
だが、セリスィンは捌く。
彼女の剣捌きは一級品だと認めざるを得ない。足捌きも、間の取り方も、セリスィンの半年より遥かに“戦い”を知っている。
それでも――セリスィンは一つの差に気づいていた。
技術ではない。
体格差だ。
彼女の剣は速いが、重さがない。受けた瞬間、押し切れない。セリスィンの剣を“止める”ことはできても、“折る”まではいかない。
(もし、同じ身体の大きさなら……)
そんな想像が一瞬よぎる。
だが現実は現実だ。
攻め合いの中で、じわじわとセリスィンの剣が前へ出る。彼女の足が半歩ずつ退く。呼吸が乱れる。
そして――
セリスィンの一撃が、彼女の得物を弾き飛ばした。
剣が砂の上を転がる。
セリスィンは切っ先を彼女へ向け、止めた。
決着。
場内の空気が一瞬固まり、次いで歓声が膨れ上がる。
セリスィンは係員の合図に従い、退こうとした。
――その瞬間だった。
彼女が、再び襲いかかってきた。
「いいぞ!」 「やれやれ!」
勝敗がついた後の攻撃は禁じられている。だが観客は無責任に煽る。血の匂いを求める声が、あちこちから飛ぶ。
セリスィンは反射で受けた。金属音がはじけ、腕が痺れる。
(……本気か)
通路脇から係の者が顔を出し、ざわついた気配が増す。止めが入るのも時間の問題だ。
セリスィンは一瞬だけ手で制した。
――ここで無理に終わらせれば、彼女はもっと意地になる。
(気が済むまで、やらせる)
セリスィンは腹を決め、再び剣を交えた。
◇ ◇ ◇
数合。
彼女の攻撃は鋭い。だが、怒りが前に出て、間合いが荒くなる。
セリスィンは致命に繋がる箇所だけを外し、確実に打ち返していった。
そして、ほどなくして――二度目の決着がついた。
彼女は剣を地面に突き、片膝をついていた。肩で息をしている。もう襲ってくる気概はない。
セリスィンは今度こそ退こうとした。
……が、一瞬だけ躊躇い、結局、彼女の身体を担ぎ上げた。
「なっ……!」
彼女が暴れる。じたばたともがく。だがセリスィンは無言で運ぶ。
観客はそれを“見せ場”と勘違いして、さらに湧いた。
セリスィンはその歓声を背に、通路へ消えた。
◇ ◇ ◇
「なぜ、あんなことをした!」
場を離れたところで、彼女は兜を脱ぎ捨てるように外し、激昂した。
「……いや。パフォーマンス? 俺たち剣闘士だし」
セリスィンは、わざと軽く言った。
その軽さが余計に火を注いだ。
「一生の恥だ……! 兜を脱がされたうえに、担がれるなんて……!」
彼女は壁に拳を叩きつけた。
セリスィンは少しだけ間を置いてから、問いを投げた。
「……なんで剣闘士を続けてる」
彼女は答えなかった。
ただ、セリスィンを睨みつける。その瞳の奥に、怒りだけじゃない別のものが見える気がして、セリスィンはそれ以上踏み込めない。
彼女は踵を返し、去ろうとする。
セリスィンは呼び止めなかった。
とんだ一戦だった――そう思いながら、セリスィンもまた控室へ向けて歩き出した。




