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新・ガリア戦記  作者: 維岡 真
第10章 そして、冬営へ

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ブザンソンの秋、休みの形

「九月だ。少し早いが——冬営に入る」


カエサルの声が広場に通ると、兵たちの肩から一斉に力が抜けた。


「場所はセークァニー族のブザンソン。今回の戦で主要な砦となったところだ」

「よく耐えた。よく走った。よく勝った。——休め。鍛えろ。飲め」


「休め」「鍛えろ」「飲め」が同じ口から出るのが、ローマらしいとセリスィンは思った。


ブザンソンの冬営は、勝者の匂いがした。


「宴、続きすぎやろ!」

「文句言うな、次はパンが硬くなるぞ!」


鍛錬と宴が、交互に来る。

朝は槍、昼は工事、夕は酒。夜は寝る者と、寝ない者。


テオトニクスは相変わらず輪の中心にいた。


「おい、セリスィン! 座れ座れ! 勝った日の酒は、腹で飲むんやなくて胸で飲むんや!」


「意味分かんねぇよ」


「分からんでも飲め!」


セリスィンは杯を受け取った。悪夢が消えるわけじゃないが、少しだけ息がしやすい夜が増えるのは事実だった。


数日後、陣営に“出発”の空気が混じった。


「閣下が動くぞ」

「どこへ?」

「アルプス越えだってよ」

「……また戦か?」

「違う。内政と裁判だとさ」


その言葉を聞いたテオトニクスが、口を開けたまま固まった。


「なんやそれ。戦争の最高指揮官のほかに、政治や法律もするんかいな」


隣の兵が笑う。


「するんだろ。ローマだぞ」


テオトニクスは首を振った。


「バケモンやな……」


セリスィンは笑えなかった。

アリオウィストゥスの“怪物”とは種類が違う。刃の怪物ではなく、世界を動かす怪物だ。


出発前、カエサルはラビエヌスと短く言葉を交わした。


「留守、頼む」


「承知しました。軍の最高責任はこちらで」


「揉め事は減らせ。増えるなら、揉める前に潰せ」


「潰すより先に、列を立て直します」


「いいね。——じゃ、行ってくる」


軽い。軽いのに、置いていく背中が重い。


テオトニクスがセリスィンに小声で言った。


「お前、閣下の背中見て、怖くならへん?」


「……なる」


「どっちの意味で?」


セリスィンは少し考えて答えた。


「追いつけないって意味で」


テオトニクスが鼻で笑った。


「真面目やなぁ」


そして冬営の中で、セリスィンとテオトニクスは“休み”を受け取り損ねた。


「お前ら、こっちだ」


プブリウス・クラッスス——クラッスス・ジュニアが呼ぶ。


「今日から、お前らは百人隊長の補佐として動く。次期百人隊長候補の訓練だ」


テオトニクスが即座に文句を言った。


「くっそ。ねぎらいのための休みやなかったんかいな!」


クラッススは涼しい顔で返す。


「ねぎらいだ。だから“次に死なないための休み”をやる」


「休みの定義それで合ってます?」


「合ってる。ローマではな」


セリスィンが黙っていると、クラッススが覗き込んだ。


「お前は、文句を言わないのか」


セリスィンは少し間を置いて答えた。


「……言っても変わらないなら、やります」


「いい返事だ」


クラッススは木槍を一本投げてよこした。


「まず、お前らは“指示する側”の動きを覚えろ。槍を振るのは簡単だ。列を振らせるのが難しい」


テオトニクスが槍を受け取りながらぼやく。


「列を振らせるって、俺ら剣闘士やで? 観客は振らせたことあるけど」


クラッススが即答する。


「その才能を戦場に転用しろ。声は武器だ。——ただし、観客を喜ばせる声じゃなく、味方が生き残る声にしろ」


「難しっ」


セリスィンは木槍を握り、ふと頭の中に浮かんだものを振り払えなかった。

救えなかった命。

目の前で剣を振るったデキムスの顔。

あの時、自分が止めたはずなのに止めきれなかった感触。


クラッススが言う。


「お前ら、戦場で何を見た?」


テオトニクスが答える。


「……穴が空いたら終わる、っての」


セリスィンも言う。


「核が折れたら、全体が崩れる」


クラッススは頷いた。


「それだ。剣闘士は“相手”を倒す。百人隊長は“崩れ”を倒す」

「お前らは、もうそっち側に足が入ってる。——なら、引き上げる」


テオトニクスが肩を落として言った。


「休み、どこいったんや……」


クラッススは笑わずに言う。


「酒は飲め。寝ろ。だが、強くなれ。冬は短い。春になったら、また走る」


セリスィンは木槍を握り直した。


「……はい」


その返事は、宴の「はい」じゃない。

次に同じものを見ても、同じように手が止まらないための返事だった。

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