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新・ガリア戦記  作者: 維岡 真
第10章 そして、冬営へ
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頬に届く刃

「押せ! 押し返せ!」


クラッスス・ジュニアの騎兵が横から噛みつき、護衛の“数”が一瞬だけ散った。

その散り目へ、デキムスの騎兵がさらに刺さる。


「……開いた!」


テオトニクスが叫ぶ。

セリスィンは返事をせず、その“開き”へ身体を滑らせた。


「セリスィン、行け!」


クラッスス・ジュニアの声が背中を押す。


「テオ、ついて来い!」


セリスィンがようやく叫ぶと、テオトニクスが歯を見せる。


「当たり前や!」


二人が進むたびに、護衛が埋めに来る。埋めに来るところを、後ろの騎兵が叩き散らす。

点だった二人が、線に守られた。


そして——車輪の奥。


アリオウィストゥスへの道が、一本だけ通った。


セリスィンは駆けた。

目に入るのは“でかい影”だけ。周りの声が遠のく。


アリオウィストゥスが、ゆっくりと立ち上がった。


その動作だけで圧が来た。

立っただけで、周囲が一段低くなるみたいだった。


「……来るか」


通訳越しではなく、直接聞こえた気がした。言葉か息か、判別できない。


セリスィンは剣を構え直す。手汗で柄が滑る。


「——ッ!」


アリオウィストゥスの一撃が来た。


重い。速い。

重いのに速い、という最悪の質量が、盾でも鎧でもなく“身体の芯”に来る。


「ぐ……!」


セリスィンは受けきれず、後ずさった。

足が土を削る。呼吸が乱れる。


(これが、怪物)


テオトニクスの声がどこかで聞こえた気がした。


「セリスィン——!」


だが届かない。

今のセリスィンには、アリオウィストゥスしかいない。


セリスィンは息を吐いた。

闘技場でテオトニクスと斬り結んだ時以来の集中が戻ってくる。周りが消える。音が細くなる。間合いだけが残る。


(次を読め)


アリオウィストゥスが、もう一撃を振り下ろす——その瞬間。


横から、蹄の音が割り込んだ。


「——!」


騎兵のデキムスが突っ込んできた。


急な横やりに、セリスィンの集中が切れた。

切れた一拍で、世界の音が戻る。叫び、金属音、馬の鼻息。


アリオウィストゥスは慌てない。むしろ先より速い。

重さのまま、角度だけ変えてデキムスの刃を弾いた。


「……ふん」


その鼻の音が、侮りなのか感心なのか分からない。


デキムスはセリスィンを見ない。言葉も発しない。

ただ、馬上から淡々と斬り込む。


——これは戦争だ。

そう言われている気がした。お前の“決闘”じゃない、と。


セリスィンは歯を食いしばり、動きを合わせるしかなかった。


「……っ!」


デキムスが左から圧をかける。アリオウィストゥスが受ける。

受けた瞬間、セリスィンが右から入る。入った瞬間、アリオウィストゥスが体を捻って外す。


だが——捻った分だけ、足が止まる。


テオトニクスの声が遠くから飛ぶ。


「今や! 畳みかけろ!」


セリスィンは踏み込んだ。剣先を“喉”へは行かせない。

相手の顔——視線の“根”へ。


アリオウィストゥスの頬に、一筋。


「——ッ」


切っ先が届いた。


血が、薄く線を引いた。


その瞬間だけ、怪物の目がわずかに細くなる。怒りではない。

「届くのか」と言う目だった。


セリスィンは刃を引きながら息を吐いた。

終わっていない。むしろ、ここからだと身体が理解している。


そして横では、デキムスが相変わらず何も言わず、次の角度を作っていた。

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