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新・ガリア戦記  作者: 維岡 真
第10章 そして、冬営へ
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決戦の火ぶた

「——明日、攻め込む」


その命令の翌日、空はやけに澄んでいた。澄んでいるほど、音が遠くまで届く。


「両陣地に守備を残せ。十分な数だ。少なすぎるな、だが多すぎるな」


ラビエヌスが復唱し、百人隊長が声を割っていく。


「小さい陣地、守備隊残留!」

「大きい陣地も同じだ、残すぞ!」

「荷は触るな、出るやつだけ前へ!」


セリスィンは第十の列で盾の縁を握り、息を吐いた。テオトニクスが隣で短く言う。


「来たな」


「ああ」


前へ出る。


小さい陣地の前には、翼軍(補助兵・騎兵・軽装)がずらりと並べられた。敵の目の前に、わざと大きく見える形で。


テオトニクスが眉を寄せる。


「……見せかけやな」


セリスィンが小声で返す。


「敵の数が多い。最初の“見た目”で飲まれたら終わりだ」


翼軍が広く、派手に、線を引く。その背後で、軍団歩兵が静かに整列していく。三列。三重の戦陣。


「第一列、前へ」

「第二列、間合いを保て」

「第三列、崩れるな。穴を埋める準備だ」


カエサルは前に出ていた。馬上ではない。歩兵と同じ高さで、兵の顔を見ている。


「数は関係ない。形を崩すな。——形が崩れた方が負ける」


軽い言い方なのに、胸に刺さる。


ゲルマーニーが動いたのは、ローマが十分に近づいてからだった。


「出たぞ……!」


陣地から、各部族が等間隔に並んで現れる。線が太い。鎧の統一感はないのに、塊としての圧がある。


そして背後。


「……車だ」


戦陣の後ろを、車列が囲んでいた。逃亡の余地を残さない囲い。逃げ道を捨てた形だ。


さらに、その車の上に——女たちがいた。


泣き、叫び、手を伸ばし、戦列へ身を乗り出す。戦う者に触れられる距離で「戻ってこい」と言わんばかりに、同時に「行け」と言っている。


テオトニクスが唇を歪めて吐き捨てた。


「女、子どもを戦の道具にすなや」


セリスィンも同意だった。だが目を逸らさずに言った。


「……向こうの常識なんだろ」


「常識で済ませたら、こっちの胃が腐るわ」


「腐れても、剣は振るしかない」


テオトニクスが、短く息を吐いた。


「……せやな」


「各軍団、指揮官は持ち場を離れるな!」


声が走る。


副将と財務官がそれぞれの軍団に付き、銘々の武勇と崩れを監督する。誰が勝ったかより、どこが割れたかが重要になる戦いだ。


カエサルがラビエヌスに言う。


「中央は任せる」


ラビエヌスは即答した。


「承知しました。閣下は右翼へ」


カエサルが頷く。


「敵の弱点は左翼だ。——なら俺は右翼で刺す」


セリスィンはその会話を聞き、(弱点を突くのに、自分が最前線に立つのか)と、戦場の重さが一段増した気がした。


合図。


投げ槍が飛び、盾がぶつかり、叫びが上がる。

翼軍が前に出て相手を揺らし、軍団の第一列が押し込む。


「押すな、形を保て!」

「間を詰めすぎるな、穴が開く!」


入り乱れていく。


剣と盾の間に、土と汗と血の匂いが混ざる。闘技場の砂の匂いじゃない。生き残るための匂いだ。


セリスィンは息を吐き、目の前の一人ではなく、列の“線”を見る。線が真っ直ぐなら生きる。線が折れたら死ぬ。


テオトニクスが、横から短く指示を飛ばす。


「右、ずれるな! そっち穴や!」

「セリスィン、前見すぎ! 横来る!」


「分かってる!」


二人の声は荒いのに、動きは揃っていた。


その時だった。


中央のあたりで、空気が変わった。


「……押されてる!」


「中央が、沈む!」


“勢い”がある。勢いだけではない。押し方が分かっている塊。

セリスィンは一瞬で察した。あそこが危ない。


テオトニクスも同時に言う。


「あそこ、やばい」


視線の先、中央に——スエービー族の者たちがいた。噂だけでなく、目の前の圧として。


ラビエヌスの声が遠くで響く。


「中央、二列目を入れろ! 穴を埋めろ!」


だが埋める前に、押し切られかけている。


テオトニクスが歯を食いしばって言った。


「行くで」


セリスィンは迷わず頷いた。


「行く」


二人は一気に中央へ回り込んだ。第十の動きに気づいた百人隊長が怒鳴る。


「第十、動くな——!」


だが次の瞬間、ラビエヌスが叫んだ。


「行かせろ! 穴を埋める!」


命令が降りた。正当な動きになる。


セリスィンとテオトニクスが入った瞬間、中央の“線”が止まった。

止まった、だけではない。押し返すための支点ができた。


テオトニクスが叫ぶ。


「盾、合わせろ! 押すな、切れ! 足は前!」


セリスィンは、前の一人を倒すのではなく、前列の肩と膝の位置を崩す。崩れた一拍で味方の槍が入る。入った瞬間に線が戻る。


「——戻せる!」


誰かが叫んだ。


ローマ軍の中央が、少しずつ押し返しを見せていく。

さっきまで沈んでいた場所が、今度は“踏ん張る”顔になる。


少し離れた場所で、プブリウス・クラッススがその様子を見ていた。血と土で汚れた戦場の中でも、視線だけは冷静だ。


「……なんだ。あいつら、やるな」


独り言みたいに言って、彼はセリスィンとテオトニクスの動きを目で追った。

“使える”と判断する目。貴族の目ではなく、戦の目だった。


中央が持ち直すと、全体の呼吸が揃い始める。

だが敵も、まだ折れていない。車列の上の叫びが、さらに強くなる。


セリスィンは汗で濡れた手で剣を握り直した。


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