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新・ガリア戦記  作者: 維岡 真
第2章 剣闘士
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試合へ

 翌日。セリスィンの目覚めはよかった。

 騒動を起こした翌日とは思えないくらいに頭は冴え、手を握っては開き腰や肩の調子を探る。体は軽かった。

 そのまま朝の食堂にいく。昨日の一件もありセリスィンは有名人となりすれ違うたびに声をかけられた。

「これはこれは」 

「お前とだけは戦いたくないねぇ」

 などとからかいながらセリスィンより一回り大きい男たちが茶化してくる。

「おお、おお、これはチャンピオン様がお通りだぜ」

 ダグラスら一派も昨日に引き続き久々に冷やかしてくる。

 いつもなら鬱陶しく思うのだが、この日ばかりはいつもと変わらない様子がありがたかった。

 セリスィンが剣闘士になって初めて開催される剣闘士大会。

 どんなものかわからないセリスィンにとっては好奇心よりも未知への不安の気持ちの方が強かった。

「よぉ緊張してんのか?」

 セリスィンの隣に座ったシリアスが声をかける。

「まぁそりゃ」

「はは。昨日の様子なら大丈夫だ」

 シリアスまでもが冷やかしてくる。

「おい、お前も同室ならなんかいってやれ」

 シリアスはそう言ってたまたま通りがかったカタルスを呼び止めた。

「がんばれ」

 それだけ言うとカタルスはすたすたと食器を持ってどっか行く。

「おいおいそれだけかよ」

「……」

 ダグラスとの一戦の前にアドバイスをくれたカタルスはやはり自己の保身のためだったのかなとセリスィンはぼんやり思った。

 聞いた話では本気で戦えばシリアスやダグラスに劣らない腕を持っているとのカタルス。いつか彼の戦いを見てみたいとセリスィンは思った。

「さて、俺もそろそろ準備をするか」

 そう言ってシリアスは立ち上がる。

「ああ、そうそう。どうしようもなく緊張した時は場内の風を感じろ。お前自身の呼吸、相手の呼吸、観客たちの佇まいそしてコロシアムの地面や壁。すべてと一体になろうとすればお前は自然体でいられるはずだ」

「ありがとう」 

 それじゃとシリアスは手を振って去っていく。

 ダグラスと違ってシリアスはどこまでも生真面目な男であった。もともと奴隷ではなく町民の出身らしくわけあって剣闘士になってと聞く。そのため野蛮さが微塵もなく普通の子がまっすぐに育ったという印象であった。

「さて」

 そろそろ自分も準備をしなければならない。

 セリスィンは呼吸を整えつつ食堂を後にした。 


  ◇   ◇   ◇


 コロシアムの待機室。

 既に熱気があることが伝わっていた。

 剣闘士専用の通路を通るとき柵の向こうで民衆たちがえんやわんやの騒ぎでこちらを見ているのがわかった。

 柵の向こう側を見ていると、

「おい」

 と、背中越しにセリィスンに声をかけてきた男がいた。背丈は普通。30代くらいの男性だ。

「昨日はすごかったな見てたぜ」

 男は笑いながら握手を求めた。

 また冷やかしの声かと思い、セリスィンどうもとそれに答えた。

「俺はバナンテっていうんだ。よろしくな」

 そう言ってバナンテという男はにかりと白い歯をみせた。

「お前、今日が剣闘士としての試合ははじめてだろ?」

「ああ」

「だとすると危ないな」

 セリスィンはバナンテという男が他の野次馬たちとは少し違うことに気づく。

「危ないって?」

「そりゃ試合だよ。剣闘士は意外に初めての試合で死んだりもする」

 バナンテがそうあっけらかんと言った。

「……」

 なんと返していいかわからずセリスィンは言葉に詰まる。

「なんてな」

 その様子のセリスィンを見たバナンテは豪笑し、ばんばんと彼の背中を叩いた。

「そりゃ一昔前の話や奴隷たちを使った過激な演劇物のときだけだ。俺たちみたいな商業色が強い剣闘士たちはなるべく使いまわしたいからできるだけ殺さないよう運営ももっていく」

 と、再び白い歯を見せて笑って見せた。

 このバナンテという男はおそらくそこそこ剣闘士としてやりくりしてきたんだろうとセリスィンは思う。

 言葉の節々から余裕が見て取れるし、昨日のセリスィンの様子を見てかつ興味を持って色々教えようとしているのだろう。

「まぁ君は強そうだから問題ないと思うけどね。商売色は強いけどあまりに不甲斐ない戦いをしたら観客というオーナーでも抑えきれない敵を回してしまうからね」

「そのときは殺される時もあるってか」

「ああ、公開処刑だね」

 と、バナンテは自分の首を撥ねる仕草を見せる。

「まぁここで長くやっていこうと思うんなら試合外では大人しくして試合で頑張ることだな。いつオーナー様の機嫌が変わってもおかしくない。そうなった時に目の敵にされないようにしないとな」

 そう言ってバナンテはセリスィンの肩を優しくたたいた。

「なぁ……」

「あっ」

 疑問に思ったことを聞こうとした瞬間、バナンテが声を上げる。

「いよいよメイン会場だぜ。まずは控室に直行だけどな」

 バナンテがそういった先に確かにコロシアムの場内がセリスィンには見て取れた。

 

   ◇   ◇   ◇


 控室からも、コロシアムが盛大であることは聞いて感じることができた。

 すでに多くの観客が詰めかけており、待遇席ではワイン片手料理とともに試合を興じる者もいるのだろう。

 そう考えると見世物の猿みたいでいやだと思ったがそれよりも来るべき試合をどうするかセリスィンの興味はそっちに向いていた。

「よしいけ」 

 先ずは開会式としてたいそうな音楽と踊り、牛と選手たちの場内一周でセリスィンたちは場内を一周回る。

 見たところ場内は万客だった。

 剣闘士が興行として観衆に大人気なのは知っていたが、首都ローマから離れたカプアでもここまで凄いものなのかとセリスィンは気圧された。

「すごいだろ」

 バナンテが声をかけてくる。

「こんな大観衆様様の前でやれるってんだ。これはこれでめでてぇじゃねーか」

 バナンテは慣れたように「任せとけ」と観衆に手を振って見せる。

 場内の一周が終わるとその次はもう試合の始まりであった。

 そして開会が宣言されて早速一回戦の選手の入場が始まった。

 序盤は一対一の戦いを一度に二試合行い、セリスィンもそこの五回戦に登場する予定であった。

 しかし緊張しているときは時間がすぐ過ぎていくもの。

 一試合、また一試合と試合が終わっていき気が付けば五回戦のはじまりだった。

「よしいけ」

 係りの者がセリスィンたち剣闘士の背中を後押す。

『いいかもしお前にその気があるってんなら』

 ジムージーの言葉がここにきて思い返される。

『お前だけのクルスス・ホノルム。栄光の道のりまで乗せていってやらんこともない』

 そして彼の出番がやってきて震えながら彼は舞台へと上がった。

 彼の目に一筋の雷光が宿っていたことを聴衆の誰もが、そして何よりセリスィン自身が知る由もなかった。

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