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新・ガリア戦記  作者: 維岡 真
第9章 ゲルマンの怪物
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イテル・マクシムム

「行軍には三つある」


ラビエヌスが兵の前に立ち、指を一本ずつ立てていく。百人隊長たちがそれを自分の班へ割って伝え、列の空気がじわりと固まった。


「一、通常時の行軍――イテル・ユストゥム。五時間で二十五キロ」

「二、強行軍――イテル・マーニウム。七時間で三十〜三十五キロ」

「三、最強行軍――イテル・マクシムム。日夜問わず、行けるだけ行く」


誰かが小さく息を呑む音がした。三つ目は、言葉として知っていても“来てほしくない”やつだ。


カエサルが軽い調子で割り込む。


「今回は二でいく。まずはイテル・マーニウムだ。足を慣らせ」


冗談みたいな言い方なのに、誰も笑わない。笑ったら息が乱れる。


ビブラクテを離れて三日。


強行軍は、距離を縮めるというより、兵の中の「余計なもの」を削っていく。

歩く、飲む、噛む、歩く。眠りは短く、火は小さい。夜は夜として存在するのに、身体には“続きの昼”として残った。


三日目の昼、伝令が馬を潰す勢いで戻ってきた。


「報告! アリオウィストゥスが全軍を率いて動きました!」

「セークァニー最大の町――ウェソンティオを占領しようと急いでいます!」

「向こうも現在の拠点を出発し、三日の行程で来る見込み!」


ラビエヌスが即座に確認する。


「こちらも三日。向こうも三日……同着だな」


カエサルは肩をすくめた。


「同じなら、勝負は“止まらない方”だ」


その場で判断が落ちる。


「ギアを上げる」


ラビエヌスの顔が変わった。


「閣下、二から三へ?」


「そう」


カエサルは軽く言った。


「昼夜兼行。イテル・マクシムムで行く」


百人隊長たちが互いに目を見交わし、次の瞬間には声が連鎖した。


「荷を軽くしろ!」

「重い革袋は捨てろ、替えは現地で取る!」

「靴紐締め直せ、切れたら終わりだ!」

「寝るなじゃない、歩きながら寝るな!」


セリスィンはその怒号を聞きながら、胃の底が冷えるのを感じた。だが足は前に出た。前に出るしかない速度だった。


ウェソンティオは、ただの“町”じゃない。


セークァニーの案内役が息を切らしながら言った。


「ここには戦に使う物資が揃います。穀物、鉄、革、木、道具……全部です。取られたら、あいつらの腹が満ちます」


ラビエヌスが淡々と返す。


「腹が満ちた敵は居座る。——居座られたら終わりだ」


カエサルが短く言う。


「だから先に取る」


夜も歩いた。夜明け前も歩いた。

兵が「歩く」こと以外を考えられなくなる頃、ようやく城壁の影が見えた。


「……着いたぞ」


誰かがそう言った時、歓声は起きなかった。代わりに、胸の奥から息が抜ける音が列を走った。

“間に合った”という息だ。


カエサルが門を見上げる。


「入る。門を固めろ。——寝るな」


町に入った瞬間から、もう次の手に移っている。


ウェソンティオは確かに“戦場向き”だった。


案内役が川を指す。


「ドゥビス河です」


川が、町を囲っている。横にあるのではない。コンパスで半円を描くように、ぐるりと抱き込む。自然の堀。逃げ道を削る形。


ラビエヌスが目を細める。


「川沿いは守りが硬い。問題は——川が触れていない“出口”だな」


案内役が即答した。


「そこは短い。二百メートルもありません」


セリスィンが目を凝らすと、その切れ目の向こうに山が立っている。城壁ではなく、地形そのものが壁になっている場所だ。


カエサルが、その山を見て言った。


「砦が置ける」


ラビエヌスが頷いた。


「置けます。二百メートル未満なら、土塁と柵で塞げば輪が閉じる。川と山で、町が袋になります」


カエサルが軽く手を叩く。


「よし。山に砦を築け。出口を塞げ。荷は一箇所にまとめろ。——ここを押さえた瞬間、向こうの選択肢が減る」


命令が飛び、兵が動き出す。

疲労で顔が死んでいるのに、手だけは生きている。ローマ軍の怖さはそこにある。


セリスィンは川の曲線を見下ろし、かすれた声で言った。


「……最初から、要塞みたいな町だ」


隣でテオトニクスが短く笑う。


「せやな。ここは“逃げにくい”町や。……だからこそ、先に取らなあかんかった」


セリスィンは頷いた。

逃げ道が少ない、ということは——追い詰めるのにも、追い詰められるのにも向いている。


ウェソンティオを先に取った。

戦場を先に選んだ。


次は、アリオウィストゥスが来る。

古手が来る。その前に新手が来るかもしれない。


最強行軍で得た一日の先行は、ここで命になる。

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