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新・ガリア戦記  作者: 維岡 真
第9章 ゲルマンの怪物
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ゲルマンの脅威

「閣下、使節です。二組」


幕舎の入口で衛兵が告げると、カエサルは紙束をまとめたまま顔を上げた。


「昨日は脅し。今日は何だ」


ラビエヌスが苦く笑う。


「悪い知らせが続く時は、知らせの方が行軍より速い」


「入れ」


最初に入ってきたのはヘドゥイーの使節だった。汗と土で顔が黒い。礼をとる余裕がない。


「執政官カエサル……!」


通訳が間に入り、言葉を整える。


「ヘドゥイー族より訴え。最近ガリアに移ってきたハルーデース族が領地を荒らしています。村が焼かれ、家畜が奪われ、人が連れ去られています」


ヘドゥイーの使節が堪えきれず、通訳を待たずに叫ぶ。


「我らは人質も出した! なのに、アリオウィストゥスの恐怖支配は止まらない!」


カエサルは肘をついて聞いている。怒っていない。だが目が薄く冷える。


「人質を出したのに、荒らされてる?」


ラビエヌスが確認する。


「“守ってやる”の対価が人質なのに、“守り”がない。つまり支配だけだ」


使節が頷く。


「はい……我らは、首輪を二重にされた」


カエサルが軽く指を鳴らした。


「分かった。で、お前らは?」


次に入ってきたのはトレーウェリー族の使節だ。こちらは言葉が速い。恐怖が背中を押している。


「執政官! レーヌス河岸にスエービーがいる!」


通訳が即座に拾う。


「トレーウェリーより報告。ハルーデースと同じく、ゲルマーニー最強と謳われるスエービー族――その百のパグスがレーヌス河岸に集結しています」


「百のパグス?」とカエサル。


使節が答える。


「百だ。数えた。川沿いが、奴らの煙で曇っている」


通訳が補足する。


「そして彼らは、ナスアとキンベリウスという二人の兄弟が導いているとのこと。渡河の準備を進めている、と」


その瞬間だけ、天幕の空気が変わった。

ラビエヌスですら眉を動かす。書記の手が止まる。


カエサルも、さすがに一拍おいた。


「……スエービーの新手が来る、か」


トレーウェリーの使節が畳みかける。


「もし渡れば、アリオウィストゥスの古手と合流する! そうなれば、もう止められない!」


ヘドゥイーの使節も噛みつくように言う。


「我らの喉元に、さらに刃が増える!」


カエサルは椅子から立ち上がった。軽口は消えないが、速度が変わる。


「ラビエヌス」


「はい」


「急ぐ。スエービーが合流する前に、古手の方――アリオウィストゥスを先に折る」

「折れなければ、合流させない。川の手前で止める」


ラビエヌスが即答する。


「強行軍になります」


カエサルは肩をすくめた。


「いつもだろ。だが今回は“遅れたら終わり”の種類だ」


書記が慌てて尋ねる。


「命令を。補給は……」


カエサルが遮る。


「荷を軽くしろ。余計なものは捨てる。道具は必要最低限、食糧は持てるだけ持って前へ。足が止まった者から死ぬ」


ラビエヌスが冷静に割り込む。


「騎兵を先に出し、渡河点と街道を押さえます。斥候は二重に。誤報で昨日みたいな“見えない山”は作れません」


カエサルが頷く。


「その通り。——今日の報告は“驚くため”じゃない。“走るため”に聞いた」


トレーウェリーの使節が、縋るように言う。


「ローマは……来るのか?」


カエサルは迷いなく言った。


「来る。だが条件がある。お前らも走れ。情報を出せ。道を案内しろ。嘘をつけば、次に踏まれるのはお前らだ」


使節が深く頭を下げる。


「誓う!」


ヘドゥイーの使節も続く。


「我らも協力する。……もう、首輪はいらない」


カエサルは短く手を振った。


「よし。戻れ。村を固めろ。人質の話は——俺が相手の喉を掴んでからだ」


使節が去ると、カエサルは地図板を掴み、ラビエヌスに投げるように渡した。


「準備。今からだ」


ラビエヌスが頷き、外へ出る。


「総員に伝達。強行軍。——列を軽く、足を速く!」


天幕の外で号令が連鎖し始める。

鍋が片付けられ、荷が括られ、革紐が締め直され、馬が集められる。勝利の余韻は、音もなく切り捨てられた。


カエサルは最後に一人ごとのように言った。


「新手と古手が握ったら厄介だ。……握らせない」


その声は軽い。だが、決めた者の軽さだった。

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