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新・ガリア戦記  作者: 維岡 真
第2章 剣闘士
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前夜祭②

「ずるはなしの一本勝負だ」

 皆が見つめる中セリスィンとカルガンダは腕を組む。

「しょんべん漏らすなよ」

 カルガンダが鼻で笑うがセリスィンは気に留めないようにした。

「それではレディ……」

 ディーラーを務めるセリスィンとカルガンダの争いを抑えた男の声がキーとなり二人の組み手に一層力が入る。

 その力の入れ具合からしてカルガンダが体躯相応の力の持ち主であることが伺えた。

「ファイト!」

 開始の合図と同時に一斉に力を入れ込む。

 周囲の予想と反したのだろう。拮抗した対決におおっと周りからは感嘆の声が上がった。

「いけ餓鬼」

「がんばれ」

 と、セリスィンびいきの応援の声が聞こえたがセリスィンは誰が餓鬼だと心の中でツッコんだ。

「なかなかやるじゃねぇか」

 カルガンダの方を見るとまだ力の半分も出してないと言わんばかりの笑みを浮かべていた。

「ちっ」

 セリスィンはつい悪態をつく。自信はあるといえど体躯の差はやはり大きかった。

 それでもセリスィンは野生で培った感性を武器に次第に均衡状態からセリスィン優勢の状態に持っていく。

「すげー」

「いいぞ坊主」

 さきほどの餓鬼よりはましになったと思うセリスィンであったが、「これはやべえ」とカルガンダは焦っていない様子だった。

「おい、カルガンダなさけねーぞ」

 味方からの野次もとび「うるせー遊んでんだ」とカルガンダは声を張り上げる。

「さてじゃあそろそろいくか」

 と、カルガンダは力を強めていく。普通腕相撲は負けのポジションから挽回するのは難しい。相手を抑えようとマウントから降ろす状態よりも下側から相手の押さえつける力さえもはねのけて押し上げなければいけないからだ。

 しかしそれは完全に力が均衡していた場合の話。

 そもそもの力量差があればそれは難なく跳ね返すことができる。

 次第に腕はトップの位置でお互いスタート時点に戻った。

「なかなかだだが」

 カルガンダはさらにここから力を入れる。さすがのセリスィンもその力を抑え込むので精いっぱいであった。

 このまま時間が長引けば体力差で自分が不利か。セリスィンは打開策を考えあぐねていた。

「ふん」

 ここでトップギアを入れたのかカルガンダの力が再度高まる。

「おお」

「ああ」

 ゆっくりと押されていく様子に皆が勝負あったかと思っているだろう。

「残念だったな」

 カルガンダがそう言って最後の一押しをしようとする。

 そこで。

 再び状態が止まった。

 必死で決めようとするカルガンダだがあと一歩のところで勝負が決まらない。

「???」

 何かがおかしいと思いながらも周りの野次は気づくことなく「坊主がんばれ」「はやくきめろよ」とほざいている。

 ーーこいつ。

 カルガンダは初めてここで焦りを浮かべる。

 状況的に優位にもかかわらず目の前のセリスィンの目がまだ死んでいないことに気づく。

「ぬお」

 次第に押さえつけるどころかまた再び腕が少しずつ戻りつつあった。

「おいおいおい」

「まじかまじか」

 期待に反した結果に周囲の者たちは驚きと賞賛、そして茶々の声を入れる。

「やるな坊主!」

 会場はいつにもまして白熱していた。

 なぜセリスィンがここまで腕相撲が強いのか。

 腕相撲が強い人の特徴として以下の四つがあげられる。

 手の大きさや腕の長さなど先天的なもの、握力、腕力、そして手首リストの強さ。

 この内特にセリスィンは手首の強さが人並外れていた。

 前腕筋ーー腕相撲で必要とされる腕橈骨筋と前腕屈筋群が自然の営みの中で次第に強くなっていた。

 ここまできてさらに勝負は振り出しに戻されるかのようにスタート位置までいき観衆の声も大きく湧く。

「ぬおっ」

「くっ」

 互いに譲らぬポジションとなりしばらく膠着状態が続くかに思えた。

 しかし勝負の決着は唐突に訪れた。

 二人の力が水平に保っており力と力がぶつかり合っていたまさにその時、

 ボキン、と

 異様な音が聞こえた。

「いでー!!」

 瞬間カルガンダとセリスィンの腕が離れカルガンダが地面でのたうち回っていた。

 一瞬何が起きたのかわからなかったがディーラーの男がすぐに「医務室だ」といい見ていた何人かが急いでカルガンダを運び出した。

 骨折。

 腕相撲において決して珍しくはない障害。腕相撲では上腕骨に捻じれるように負荷が与えられる。さらにカルガンダとセリスィンのように互いに強い筋力の持ち主が戦った場合骨が筋力に耐え切れず先に悲鳴を上げてしまうケースは多い。

 筋力では劣るものの骨の場合だとカルガンダが先に倒れてしまうのはありうる事象だ。

 急な訪れとさっきまでのお祭りムードは冷め、ひそひそと話し声だけがする。

「あれやばい音したよな」

「ああ、確実に骨いってるな」

「勝ち負けはどうなるんだ?」

「ばか。勝ち負けどころかありゃ明日の大会出られねーだろうが」

 話をする周囲の者たちに溶け込めずセリスィンが呆然としていると、

「何か騒ぎがあったようだね」

 と世話役のものが近づいてきた。

 周りの者が状況を説明するとセリスィンに、「きなさい」と言ってセリスィンは彼についていくしかなかった。


  ◇   ◇   ◇


「それで腕相撲をして骨折したと」

 セリスィンからも話を聞き世話役の男は深くため息をついた。

「あのぅ……」

 セリスィンが男に声をかけようとすると、

「本当に馬鹿だね君たちは!」

 と、急に声を荒げて立ち上がる。

 セリスィンは唖然とするしかなかった。

「いいかい君たちはね大事な商品なの」

 世話役は続ける。

「僕たちはね。行ってしまえば興行師だったり主催者のお偉いさんからから君たちという大事な商品を預かっているわけ。その商品同士が酒に酔っぱらって怪我をしましたなんてとてもじゃないけど言えるわけないでしょがバカちん」

 と、叱る。自分は酒飲んでいないけど突っ込みたくなったが、「まぁ君は巻き添え食らった側だから情状酌量の余地があるけど」と付け加えてくれた。

「明日だって怪我をした彼の戦いがなくなって盛り上げにかけて売り上げが落ちるかもしれないんだよ? そこら辺もわかって動いてほしいんだよなぁ」

 と世話役は続けた。

「はぁ」

 セリスィンが間の抜けた声を出すと、

「いいかい」

 と世話役はぐいと顔を近づけてくる。

「君の命は君のもので合って君のものではないんだよ。そこんとこ分かってほしいよ全く」

 とぶつくさいいながら「もういいよ」と一方的に開放をしてもらった。

 部屋を出るとセリスィンはなぜか心が軽くなった。

『君の命は君のものではない』

 野郎から言われてもという感じのセリフでいてそういう意味で言ったわけではないが、それでも長い間孤独に生きてきたセリスィンにとって悪い気分がしなかった。


   ◇   ◇   ◇


 その夜、彼は夢を見た。

 業火に焼ける炎の中で身ぐるみをきた女性。

 己の名を呼ぶ声の女性を。

 それはなぜかもう二度と戻らない過去を見た気がした。

「母さん」

 彼がそう呟いて涙を流しことを彼自身も知らなかった。


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