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新・ガリア戦記  作者: 維岡 真
プロローグ
1/16

旅立ち

 白い壁に包まれた部屋の中で青年ーーセリスィンは目を覚ました。

 鏡台と机とベッドが置かれた簡素な部屋。雄牛が一頭入れば窮屈になりそうな広さの彼の部屋であった。

 彼はふと窓から外を見る。小通りに面しているこの窓からは通行人や商人、馬車の荷車などが目に入った。まばゆい太陽の光にセリスィンは目を細める。

「ついにこの日が来たのか……」

 セリスィンはそう呟いた。


 身支度を済ませ市場で買ったプラムをかじりながらセリスィンはとある場所へ向かっていた。

 横を通り過ぎていく荷運びの牛、剣を携えた何処かの軍の兵の物、子供と一緒に歩く母親。争いとは程遠いようなほのぼのとした時間が辺りには流れていた。

「よぉセリスィン」

 周囲と同化するように歩いていた彼に横槍を入れてくる人物がいた。

「なんだテオ」

 セリスィンは自分の時間を邪魔されて不機嫌を露わにする。

「あっ、なんだよ、そう怒んなよ」

 しっしっしと笑いながらセリスィンの友人テオト二クスはセリスィンの横に並んだ。

「しかし、ついにこの日がやってくるとはな」

 テオト二クスが言う。

「ああ」

 セリスィンもそれに頷いた。

「俺たちみたいなしがない若者がまさかあの天下の大将軍なんかに見定められるとはね」

 テオト二クスはどこか嬉しそうに空を見上げながらそう言った。

「あんまり勘違いをするな。俺たちは決してあの方に見定められたわけではない」

 セリスィンの表情は固かった。

「んじゃあなんで俺たちは選ばれたんだ? 数多くの剣闘士の中から」

 テオト二クスが疑問をぶつける。

「それはたまたまだ。たまたまあの方があの試合を見ていてそして……」

 そこでセリスィンは言葉を濁らせた。

「そして?」

 セリスィンは立ち止まってテオト二クスの顔を見る。

「兵士の数はいくらいてもいいからな」

「なんだそりゃ」

 セリスィンの答えにテオト二クスは滑りこけそうになった。


『ついにこの日がやって来た!』

 1個軍団である第10軍団の副将が叫びの声を上げる。

『我々ローマ人にとって苦渋の生わたの存在であったにっくきガリアの地に我が王が総督として即位する日が!』

 少し離れた天幕で軍備を整えていたテオトニクスとセリスィンの元に「おおっー」という兵士の鼓舞が聞こえた。

「なんだよ『生わた』って?」

 テオトニクスが準備をしながらセリスィンに尋ねる。

「さぁ。要は苦いものの表現なんだろ」

 素っ気なくセリスィンは言った。

「んだよそれわかりづれー。牛の睾丸でいいだろそれか山羊の」

 テオトニクスはぶつくさ文句を言いながらも荷物の準備を続ける。

『我が軍はこの日のためにしかるべき準備をして来た。そしてローマ市民は何年にも渡りこの征服を夢見て来た』

 再び離れた天幕に兵士たちの声が聞こえた。

「下々の意見を勝手に組んでもらいたくはないね」

 再度文句を言うテオトニクス。セリスィンは何も言わず準備を続ける。

『此度の目的としては我が王の属州の総督として即位。しかしそれだけに限らず我々はガリアを征服し、二度とこのローマに対して謀反を起こさんとせしめん!』

 再びする兵士たちの雄叫び。

「なぁ、『我が王』って誇張しすぎてない?」

「黙って運べ」

『それでは待ちに待ったこの日。出発前の最後の言葉としよう。我が王ーーカエサル総督からのお言葉である』

 そこで兵士たちのボルテージは一気に高まり「カエサル、カエサル!」と掛け声が響いた。

 テオトニクスとセリスィンは積み荷の準備が完了し、天幕から外に出る。

「あーあーあー静かに静かに」

 壇上へ上がっていくカエサルをセリスィンは遠目で見ていた。

「ねぇ、ってかさっきから『我が王』ってなんか壮大すぎない? なんかこう堅っ苦しいんだけど」

 いつものカエサルがそこにはいた。

「ほらみろ俺の言った通りだ」

 テオトニクスが自慢げにセリスィンに向かって言う。セリスィンは黙ってテオトニクスの方を向き、そして再びカエサルに目を移した。

「はっ、すいません」

「あーもういいよいいよ」

 カエサルが副将をなだめ兵士の群勢に向きなおる。

「おい、お前ら!」

 カエサルの言葉に兵士たちは背筋を伸ばす。

「青春できてやがるか?」

 言葉の意味がわからないながらもその音声に「おおっ」と兵士たちからはなんとも言えない雄叫びが上がった。

「女どもと未練はねぇか!?」

 またもよくわからない音頭に微妙な歓声が上がった。

「まぁいいや」

 カエサルは遊びに飽きた子供みたいにポツポツと歩きだす。

「言っとくがこれから当分ここローマには帰れねーぞ。覚悟しとけよ」

 しんと静かになった群勢にカエサルが続ける。

「さっきテクレスが言ったように俺はガリア総督の地位にとどまるつもりはねー。ガリアを全部自分のもんにしてポンペイウスの爺さんに泡を吹かせてやることだ」

 カエサルの言葉に「うおー」と士気の声が上がる。

「しっかし俺は決して争いで多くの血が流れることを望まねぇ。大の男たちはまだしも子どもや老人、女を泣かせるようなことがあってはならねぇ」

 「その通りだ」、「確かに」と言う声が上がる。

「だからお前らに告ぐ。もしそんな俺の意に反する奴が出てきた暁には八つ裂きの刑に処し、ポー平原で四六時中馬の後を走らせることにすると」

「おー怖い怖い」

 テオトニクスが笑いながらおどける。セリスィンはまっすぐカエサルを見つめていた。そして、一瞬だがカエサルが確かにセリスィンの方を見てニヤリと笑った気がした。

「しかしだからと言って臆するこたぁねぇ。さっきも言ったように大の大人、大男が相手ならば容赦はいらねぇ」

 歓喜の声が上がる。そしてーー。

「野郎ども! 宴の時間だ!」

 場内は最高潮に達した。


 これは無名の孤児の少年が天才的なカリスマを持つ大将軍に出会い、激動のローマを駆け抜ける物語である。


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