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【9:春野日向は間一髪】

 米を洗うために、何を思ったか春野が洗剤を米に投入しようというとんでもない暴挙に出たところを、間一髪春野の手を握って止めた。


「春野。お米は水だけで洗うもんだ。洗剤は要らん」

「あ……そ、そうなの?」

「ああ、そうだよ」


 眉尻を下げた情けない顔で春野はじっと固まって、俺の顔を上目遣いに見上げている。


「こりゃっ、祐也! また手を握っとるじゃないか!」


 後ろから母の声がして、バインダーでバスンと頭をはたかれた。頭のてっぺんに軽い衝撃が走る。


「あっ、ごめん!」


 俺は慌てて春野の手を離した。


「さっき、二度としないなんて大ぼらを吹いてたのは、どこのどいつだーっ!?」


 うわっ、何度もバインダーでバシバシと頭をはたくのはやめてくれ!

 アホになる。

 既にアホだけど。


「いや、ごめん! 悪かった! でもわざとじゃないんだ!」


 頭を下げて逃げる俺を母は追いかけてきて、更に頭を叩こうとする。その母の目の前に、春野がさっと割って入った。


「ごめんなさい先生! 私が悪いんです! 秋月君は私の失敗を止めてくれたんで、悪くないです!」

「あ、ああ……まあ春野さんがそう言うなら……」


 母は戸惑ったような表情を浮かべて、振り上げたバインダーをゆっくりと下ろす。


 春野がかばってくれたおかげで、俺は母の連打から逃れることができて助かった。

 母は苦笑いを浮かべて、他の二人の方に歩み寄って行った。


 春野は俺に向かって「ごめんね」と小さく呟いてから、もの凄く恐縮したように肩を縮こまらせて、手にしていた洗剤のボトルを調理台にちょこんと置いた。


 普段はあんなに凛として、まさにスーパー美少女な春野なのに。

 その仕草が小動物みたいで、とても可愛い。


 俺は思わずプッと吹き出してしまった。


「あーっ、あーっ、あーっ! 秋月君、バカにしてるー! ひどーい!」


 春野は人差し指を俺に向け、大きな口を開けて、顔を真っ赤にしている。


 いや、もう、ホント。

 こんな春野の姿を見るのも初めてだ。


 ──いや、もしかしたら。


 案外おっちょこちょいで、こういう年相応の可愛らしい所が、実は素の春野なのではあるまいか。それを普段学校ではうまく隠している。

 なぜだかわからないけど、今日の春野は、その素の部分が出てしまっている。


 そんな気までしてきた。


「いや、ごめん。バカになんかしてない」

「いや、してる!」

「違うって。春野の態度があんまりにも可愛くて、思わず笑っちゃったんだ」

「えっ……?」


 ──あ、春野が固まった。

 頬がほのかに桜色に染まっている。


 まさか。

 可愛いって言葉に照れている?


 いやいや。

 これだけの美少女だし、色んな人から可愛いって言われ慣れているはずだ。


 さっきだってウチの母に可愛いって言われて、スムーズにお礼を言ってたじゃないか。


 学校でも、何人かのチャレンジャーな男子が、春野に向かって『可愛いですね』なんて言ってるのを見たことがある。

 その時の春野は、ニッコリ笑って『ありがとう』って悠々と返していたように記憶している。


 なのに、今のリアクションはどういうことだ?


「こらこら、あなた達。ここはイチャイチャする場所ではありませんよ!」


 母がニヤニヤしながら、変なことを言ってきた。何を言い出すんだ、このバカ母は?

 俺はともかく、そんなことを言ったら、春野は怒るに決まってる。


 学園のアイドルが、俺なんかとイチャイチャするわけがない──って。


「あ、申し訳ありません!」


 意外にも春野は怒るどころか、恐縮して母にぴょこんと頭を下げた。


「悪気はなかったんですけど、授業の邪魔をしてしまいました。ホントにスミマセン」


 そう言って、今度は深々と頭を下げる。

 その真摯な態度は、同級生の俺ですら、感動を覚えるくらいだ。


 学園のアイドルなんて呼ばれて、プライドが高くて、わがままな人なのかもなんて……


 別に春野にそんなに悪印象を持ってたわけではないけど、そんな先入観が、なかったと言えば嘘になる。


 いや、この子……


 可愛いだけじゃなくて、勉強やスポーツができるだけでもなくて……もの凄く性格の良い子なんじゃないのか?

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