表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/84

【7:春野日向には近寄れない】

 春野が街でスカウトされたという話が広がり、休み時間のたびに春野の周りには人だかりができる。

 これでは、この前の料理教室で手を握ってしまったことを謝るとか、まったく不可能だ。


 俺はもう、春野に声をかけることなんか諦めた。


 まあ彼女も別に詫びをして欲しいわけじゃないだろうと思う。

 それよりも春野が実は料理が苦手で、料理教室の超初心者向け体験コースに参加しようとしたことを、誰にも言わないことを望んでいるのだろう。


 俺は春野の姿を遠巻きから眺めて、『誰にも言わないから安心しろよ』と心の中で呟いた。


 まあ関わりが薄いとは言っても、これから一年間同じクラスで過ごすんだ。そのうち謝れる時も来るだろう。


 春野がアイドルデビューするために、この高校を辞めなければ、だけど。



 この日はこうして、まさに『春野デー』とでも言えばいいのだろうか。

 彼女が今まで以上に存在感を放ち、とても近寄ることなどできない雰囲気のまま、一日が終わってしまった。






 ──その翌日は、土曜日で学校は休みだった。


 もうあれから、つまり春野が突然体験料理教室に現れてから、一週間が経つ。


 まるで昨日のことのようにも思えるけれど、もう既に、ずっと以前の出来事のような気もする。


 いや、もっと言えば、あれは現実ではなくて、夢の中の出来事だったのではないだろうか。


 そんな気までしてきた。


 やっぱり春野と俺では、住む世界が違うんだ。もう春野のことは忘れて、自分のことに集中しよう。


 毎週土曜日は料理講師のバイトをする日で、今日は夕方からまた体験教室があるから、それに入ることになっている。




 夕方に外出先から戻って自宅の居間に入ると、既に教室に出る準備を整えた母が居た。


「祐也。早く着替えて、教室の方に来てよ」

「ああ、わかった」

「そう言えば祐也。あれから春野さんとは話ができたの?」

「えっ? いや……できてない。あの子、学校で大人気でさ。いつも大勢に取り囲まれてて、なかなかゆっくり話す機会がないんだよ」


 母は顎に手を当てて、ちょっと考え込むような仕草をした。


「ふーん……そうなの。また話す機会があったら、ちゃんと謝るんだよ」

「ああ、わかってるよ」

「じゃあ私は、先に教室に行っとくから。早く来なさいよ」

「ああ」



 俺は二階の自室で、いつものように洋食料理人のような白い服に着替えて、鏡に向かって髪を整髪料で整える。


「よしっ」


 これで母が言う清潔感はバッチリ……のはずだ。自分ではよくわからないけど。


 洗面所で手を洗ってから、料理教室に向かう。


 自宅から教室に通じる扉を開けると、教室内には既に今日の生徒さんが三人来ていた。


 その中に──


 なんとまた春野はるの日向ひなたの姿があった。


 前回と同じピンクで花柄のエプロンをつけ、三角巾を頭に巻いて春野はそこに立っている。


「えっ? あれっ? 春野……さん?」

「あっ、秋月君。今日はよろしくお願いいたします」


 春野は俺の髪型と服装をチラチラと眺めた後、満面の笑みでそう言って、ペコリと頭を下げた。


「は……春野。どうして?」

「この前は突然帰ってごめんね秋月君。あんなことして、気になってたの」

「そ……そうなのか? 別に気にしなくていいのに」

「それにせっかく申し込んだんだから、ちゃんと習っとかないとね」

「そうそう! 前回ちゃんと料金も貰ってるしねー!」


 いきなり母が横から割って入ってきた。

 ニヤニヤと笑っていやがる。

 今日春野が来ることを知ってて、俺に内緒にしていたな?


「実はね、秋月君」

「ん?」


 春野が突然、少し声をひそめて俺に顔を近づける。


 近くで見る春野は、大きな目の二重がくっきりとして、長いまつ毛も美しい。

 それにふわりと女の子特有の甘い香りが漂ったこともあって、ドキリと鼓動が跳ねた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ