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【5:春野日向は魅了する】

 体育館での退屈な始業式を終えて、教室に戻る途中で、春野に声をかけるチャンスを窺った。


 だけど彼女の周りには、常に取り巻きみたいに人がいる。


 教室まで校内を移動する間、春野に声をかけるチャンスなんてまったくなかった。


 そして教室に戻り、ロングホームルームが始まった。



 担任教師が挨拶をした後、全員の自己紹介が始まる。

 各自名前と、ひと言自己PRを述べよと、教師から指示が出る。


秋月あきづき 祐也ゆうやです」


 出席番号一番の俺は最初に立ち上がって、名前を言った。


 だけど……自己PR?

 何を言ったらいいのか。


 料理のことは、好奇の目で見られるのが嫌で、誰にも言ったことがない。

 それは雅彦に対しても同じだ。


「特に自己PRはありません、よろしくお願いします」

「こらこら秋月。そんなんじゃあダメだ。それで良けりゃ、みんなそう言うだろ」


 さすがに教師に突っ込まれた。


「じゃあ……真面目で誠実なだけが取り柄の、面白みのない男です。皆さん、よろしく」

「うっ……ま、まあいい。じゃあ次の者」


 教師は苦笑いを浮かべている。

 教室の所々からは、クスクスと笑い声が漏れる。


 冗談だと思われたみたいだが、俺は真剣に自分のことをそう思っている。

 別にいいじゃないか。真面目で誠実なんだから。





 やがて春野の順番が来た。

 俺が何気なく振り返ると、ちょうど彼女がすっと立ち上がるのが目に映った。


 艶々とした栗色の髪がふわりと揺れる。

 遠目にも美しさがはっきりとわかる整った顔。

 背筋をピンと伸ばしたその姿からは、華やかなオーラが立ち昇っているようだ。


 何人かの男子から、いや女子からさえも、「はあっ……」とため息が漏れた。


 それくらい春野の美しい姿は、見る者を魅了するものがある。


春野はるの 日向ひなたです」


 耳に心地よい澄んだ声で、彼女が名前を言っただけで、教室内はにわかにざわめいた。


「あれが有名な春野さんか」

「いやーん、めっちゃ可愛い~」

「本物のアイドルみたいだ」


 春野はあちらこちらから上がる声の方をぐるっと見回して、にこりと清楚な笑顔を見せる。



「明るさが取り柄です! 皆さん一年間よろしくお願いいたします!」


 弾けるような明るい声で挨拶すると、ペコリと頭を下げた。

 その可愛い仕草もまさに、テレビで見るアイドルみたいだという声がどこからか聞こえてくる。



 やっぱり凄いな、春野日向。

 どの場面をどう切り取っても隙がないと言うか……


 美しく、可愛くて、性格が良くて。

 そんなキャラクターが完成されている。


 明るさが取り得なんて謙遜してるけれど、もちろん彼女の取り柄はそれだけじゃなくて山ほどある。


 ──こんな姿を見れば見るほど、料理教室で目にした春野の姿が不思議に思えてくる。


 あの時春野は、俺に手を握られて顔を赤らめたり、おろおろしていた。

 あんな姿は、彼女は決して学校では見せない。


 ある意味……たまたま春野のレアな姿を見れて、俺はラッキーということかもしれない。



 ぼんやりとそんなことを考えていたら、気がつけば全員の自己紹介が終わっていた。


 ──雅彦、悪かった。

 お前の自己紹介、全然聞いてなかったよ。




 この日は始業式の後、一時間目がロングホームルーム、二、三時間目にはもう通常の授業があり、そして午前中で終わりという時間割だった。


 休み時間も何度か春野に話しかけるチャンスを窺ったけれど、やはり彼女の周りにはいつも誰かがいて、結局話をできないまま終わってしまった。



「祐也、一緒に帰ろうぜー」


 雅彦が声をかけてくれて、一緒に教室を出た。


「なあ祐也」

「なに?」

「お前、やっぱり春野さんを気にしてたよなぁ」

「はぁっ? してない」

「してたろ」

「してないって」

「いや、してた」


 廊下を歩きながら、雅彦にしつこく問い詰められた。ホントによく気づくヤツだ。


 雅彦はニヤニヤしているから、そんなに本気で言ってるわけではない気もする。

 単に面白がっているだけだとは思うから、あんまりムキになって否定して怪しまれるよりも、サラッと受け流す方がいい。


「してないよ」


 横を歩く雅彦の顔を見て、真顔でそう答えた。

 その時ちょうど廊下の角を曲がった先に、誰かが背中を向けて立っているのが視界の端に見えた。


 ドン、とその人の背中にぶつかった衝撃が俺の胸に響く。


「きゃっ!」

「あっ、ごめん!」


 よそ見をしていた俺が悪い。

 ぶつかった相手は女の子で、危うく転倒しそうに前のめりになり、床に手をつきかけている。


「大丈夫か?」


 俺はその子に向かって、思わず手を伸ばした。


「こらーっ、なにすんの!? 気安く触るなっ!」


 横から他の女子が手を広げて俺の前に割って入ってきて、倒れそうな女の子を両手で背中から支える。


 俺がぶつかった女の子は、なんとか体勢を立て直して、転ばずに済んだ。


「大丈夫、日向ひなた?」

「うん、なんとか」

「えっ……?」


 俺がぶつかった女の子が振り向くと、それは春野日向だった。

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