表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/84

【2:春野日向は帰りたがる】

 超初心者向けの体験料理教室。

 その生徒さんの中に、なんと学園のアイドル、春野 日向(ひなた)の姿があった。


 白いトレーナーとジーンズという簡素な服装だけど、花柄をあしらったピンクのエプロン姿に、同じ柄の三角巾を頭に巻いた姿が、女の子らしくて滅法可愛い。


 だけど──


 彼女は成績もスポーツもトップだし、歌やピアノも抜群に上手い。

 容姿は芸能人レベルの美しさだし、いつも笑顔で人当たりもいい。


 何から何まで完璧にこなす、スーパー美少女である。


 だから超初心者コースに彼女の姿を見つけたことが大きな違和感となって、俺は呆然と春野の顔を見つめてしまった。



 彼女も俺のその視線に気づいたのだろう。

 学校で見かけるのと同じスマイルを浮かべて、「よろしくお願いいたします」と丁寧にお辞儀をした。


「春野……さん?」

「えっ?」


 いきなり名前を呼ばれて、彼女は戸惑い混じりの笑顔を浮かべ、小首を傾げた。


 一年生で同じクラスだったとは言え、ほとんど話したことがない俺だ。


 彼女みたいに人気者で、カーストトップ中のトップという存在からしたら、俺のことがわからないのも当然と言えば当然か。


 少し寂しい気もするけど、これが現実ってやつだ。


「一年生で同じクラスだった、秋月あきづきだよ」

「秋月……祐也……くん?」


 春野は眉尻をさげて、自信無さげな声を出した。


「そうだよ。印象が薄すぎて、わからなかったかな、あはは」

「いや、そうじゃなくて……学校とあまりに印象が違うから……」


 春野は大きな目をぱちくりさせて、俺の髪型と服装を交互に見ている。


 最初は俺に気を使って言い訳してるのかと思ったけど、真剣な表情と口調を見ると、どうやらそうでもないようだ。


 それに俺のフルネームを春野が即答したことに、ちょっとした驚きを覚える。


 元々俺のことを知っていて、今日の格好で気がつかなかった……というのは、どうやら本当のようだ。


「秋月君も、料理を習いに来たの?」

「いや、俺は……ここで講師のバイトをしてるんだ。ここは母親が主催する教室だからな」

「こ、講師?」


 目を大きく見開いて驚く表情も、さすがの美少女で可愛い。

 そして春野は母の方に、チラッと横目をやった。


 母は笑顔で、春野にこくんとうなずいている。


「それにしても春野が超初心者コースに来るなんて意外だな。なんでもできるスーパーアイドルかと思ってた」


 俺の言葉を聞いて、彼女の顔がさっと強張った。

 目を伏せたその顔が、みるみる赤く染まっていく。


「私、帰る」


 春野が急に、くるっと踵を返した。


 ──しまった。

 バカにするつもりなんて毛頭なかったけど、彼女はいたくプライドを傷つけられたのかもしれない。


 このまま帰られたら、母親にめちゃくちゃ怒られる。


「あっ、待って!」


 背を向けた春野に思わず手を伸ばして、彼女の手首を掴んだ。


「ひゃんっ!」


 鈴のような可愛らしい声を出して、春野は手をさっと引いた。

 そしてこちらに振り向いて、大きくて綺麗な瞳で俺の顔をじっと見つめる。


 俺に握られた方の手首を、反対の手で押さえて、大切な物を抱くように胸の所で抱えている。


 俺を見つめる目は、怒りなのか戸惑いなのか、あるいはその両方の色を帯びている。


 いずれにしても、『コイツ何すんだよ』的な眼差しだ。



 ──しまった。


 いくら焦っていたとは言え、いきなり女の子の手首なんか握ったら、そりゃあ敵意丸出しの視線を向けられても仕方ない。


「あ……ごめん春野。そんなつもりじゃ……」

「こらこら祐也! 何がそんなつもりじゃない、よ?」


 母がツカツカと歩み寄ってきて、俺と春野の間に立ち、険しい顔で俺を一瞥した。


 そして一転、優しい笑顔を浮かべて、春野に話しかける。


「ごめんねぇ、春野さん。ウチのバカ息子ったら、デリカシーがないもんで。好きでもない男の子に手を握られたら、そりゃ気持ち悪いわよねぇー」

「えっ? いや、そんな……別に気持ち悪いだなんて思っていません」

「そうなの? 遠慮なく本音を言ったらいいよぉー」


 こらこら、母よ!

 同じ学校の、しかも人気ナンバーワン女子の前で、息子をディスってどうするんだよ?


「いえ、本当に気持ち悪いとかじゃありません。急に手を握られたので、ちょっと驚いただけで……」


 確かに春野は、ちょっとオロオロしている。


 学校で見かける彼女は、いつも笑顔で自信に満ち溢れて、堂々としている姿しか見たことがない。


 あれだけの人気女子だし、男性との交際経験もたくさんあるのだろうと思っていたけど……


 案外純情(うぶ)な所もあるのかと、意外に思う。


 それとも超初心者コースに参加しているところを知られて、気恥ずかしさによるものかもしれない。


「でもウチの祐也はこう見えて、優しいしホントは紳士的なヤツだから、これからも祐也をよろしくねー」

「あ、はい」

「まあいきなり手を握った後でこんなことを言われても、説得力ゼロだけどねー!」


 ああっ、くそっ。

 バカ母め。

 せっかくフォローしてくれたかと思いきや、また要らんことを言いやがって。


「と、とにかくごめんな春野。悪気はなかったんだ。お前が帰るなんて言うから、つい……二度とこんなことはしないから」

「あ、うん……わかってる」


 ちょっと目を伏せて答える春野の頬には、ほんのり赤みが刺している。


 本当にこの子、実はめちゃくちゃ純情なのかもしれない。


 その恥ずかしそうな表情に、鼓動が跳ね上がった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
[一言] こちらでも更新されているのに今日知りました なろうメインで見てるので嬉しいです これからも楽しみに読ませていただきます!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ