第零.五話「魔族と転生勇者」
憲兵試験から半年が経った。
その間ロイド進展した事は何一つなかった。新人兵は半年間、この国の行政や首都ローゼンの夜間見回りが主軸とされていた。そんな日に幸か不幸か進級できるかもしれないチャンスが訪れた。
『こちら銀等級偵察部隊隊長ガロン、魔族の大群がローゼンの西門に近づいてきます!』
ガロンと名乗る男が焦りながら早口で喋る声が憲兵の本部にあるスピーカーから発せられた。
「こちら本部、ゆっくりと喋ってくれ」
現実を見つめきれない本部の者が魔方陣を描いた紙を耳に当て、そこに赤子を諭すように言った。
『だから!魔族の大群がローゼンに向かって進軍してきてるんだって言ってるだろ!早く援軍を寄越せよ!』
キレ気味にガロンはもう一度復唱すると場は一瞬にして静まり返り、次の瞬間にはそれぞれが急いで持ち場へと向かっていった。
「お前は勇者様を呼ぶんだ!、私はここで指揮をする。警戒レベルをFからAに変更、ローゼン中に警報の発令と非難の指示を!」
白髪の多い六十代くらいの男性がその場にいた者に指示をしはじめ、自らはこの状況を打破するための戦略を他の同年代の人達と話し合っていた。
「おいロイド!、状況がこんなんだ。レポートは預かっておくからお前も非難しろ」
「え?僕も一応は憲兵ですよね?前線に送り込まれるはずではないのでしょうか?」
授業のレポートを渡した後、自分が避難する対象になっている事に違和感を感じたので教官に尋ねてみると。
「お前はまだ入って半年だろ、それに今期の試験で受かったのはお前だけだ。今戦力にしてお前に万が一があったらどうする、お前は今戦うべきじゃないんだ。それに銀等級を倒したお前ならこれからもっと強くなるだろうし、そんな希望の花を摘むほど俺は鬼じゃないんでね。分かったならさっさと行った!」
どうやら僕に期待してくれてるみたいだった。それはそれで心地のいいものなのだけれど
「教官、すみませんがそれは無理です。僕には時間がないんですよ―――今欲しいのは安全よりも地位と名誉なんですよ」
身勝手なその言葉を教官に残してロイドは自室に置いてきた手袋とダガーナイフを装備して魔族が進軍しているとされる場所に駆け付けた。
ローゼンに入る為の西門の前方十キロメートルにゴブリンやコボルトの他に凶悪なオーガやサイクロプス等の姿が視線上にこれでもかと混在していた。
「なんだよあの数―――勝てるわけねえよ―――」
腕章に銅の星が付いている銅等級の憲兵がそんな言葉を口にし、恐れをなしながら後退りをしていた。
実際の処、ロイドも足が笑っている状態ではあったが引くことが出来なかった。
「チャンスだろ僕!、ここで逃げたら一生後悔するぞ、リーリエを連れ戻すためにここまで来たんだろ!なら進め、後悔しない為に!」
声に出して自分に言い聞かせた後に魔術を展開した。
「強化の魔術よ、マナの路を開き我に力を与えよ【アクセレラシオン】」
加速の強化を付与させた後にロイドは単独で魔族の大群に向かって走っていった。
徐々に走るスピードが上がっていき、五分後には先頭のゴブリンから二百メートル程の距離まで迫っていた。
右手側にあるダガーナイフを鞘から抜き、走るスピードを落とすことなくゴブリンへと突っ込んで行った。次々とゴブリンの頭を流れるようにしてナイフで切り落として行くロイドであったが血の付着により切れ味が落ちてきたのを確認すると後ろのサイクロプスの眼球目掛けて投げ、左手側のダガーナイフを取り出してもう一つ術を唱え始めた。
「幻実複製の魔術よ、マナの路を開き我に力を与えよ【レプリカロンド】」
ロイドが唱えると共に手に持っていたナイフが次々とロイドの身体の周りをグルグルと回りながら数を増やしていき数秒の内にナイフはロイドを覆いつくした。
「射出!」
内部に居たロイドが言うとナイフは爆発したかのように弾けながら周りにいる敵に向かって勢いよく跳んでいった。
幻術を使い周りにナイフを複製しそれを実在する物へと変換させる。その強さは強大ではあるが体内にある全マナを吸い取られる代償付きである為に使う機会が限られる最終術式だったんだがどうやら数体殺し損ねたようだ。
マナを全て使いきったロイドはその場に倒れて体が動かない状態になっていた。
「「「「「ヴゥアア!」」」」
ロイドの術式を耐えきったオークやサイクロプスが雄たけびを上げながらロイドの元へと近づいてくる。
やばいなこれ、俺死ぬんじゃないのか―――まだ死ねない、動けよ!動いてくれよ僕!
どんどん近づいてくる魔族を前に必死に体を動かそうとするが銅像になったように全然身体が動かないでいた。
「ヴォアア!」
一体のオークが倒れこんだロイドの頭を鷲掴みにした。
その力は万力のそれと同じくらいに強く段々と力は増していった。
「やばい、このままじゃ僕、マッシュポテトになっちゃうかもな」
なんとなく冗談を口にしてロイドは気を紛らわせるが現状が変わるわけでもなくもう一体のオークが両足を握り引っ張り始めた。
やばい!それは本当に死んじまう!
死に抗いたいロイドは力を籠めようとするが全然籠らない。
その時だった。頭上から声が聞こえた。
「マッシュポテトか、例えとしてはイマイチだな―――そうだなあ、トマトジュースなんか良いんじゃないかな!」
オークの頭に乗っていたハスキーな声の主はそう言うと飛び上がり、手に持ったハンマーでロイドの足を持っていたオークに向かって詠唱しながらハンマーを振り下ろした。
「勇者の我に力を授けろ【サイズアップライド】」
ハンマーは忽ち大きくなり、ロイドの足を持つ手以外を覆いつくすほどにでかくなり振り下ろされた。
グシャ!っと潰れる音と共に大きな振動が地面を通じてオークに、そしてロイドに亘ってきた。
「え?今のはいったいって!」
怯えたオークはロイドをその場に落として逃げおおせようとしたがハンマー男はそれを見過ごさなかった。
「ダメじゃないか逃げたら、まだ遊びはこれからだよ、君はどう啼いてくれるのかな?」
逃げるオークの左肩にいつの間にかそいつは乗っていた。そして笑いながらその肩を持っていたハンマーで思いっ切り叩き肩ごと外した。
「ブァアア!」
痛みに嘆くオークを他所にそいつは右肩左足右足の順にオークの四肢を一つずつ捥いではその鳴き声を身体にし見渡せるかの如く堪能していた。
僕はその時確信した。彼奴はヤバい、人間としても戦士としてもだ。
「これで終わりかな?、物足りないなあ、後は彼奴らで我慢するか」
ブツブツと何かを言いながらハンマーの男はロイドの方に向かって行った。男の後ろはまさしく血の海で逃げようとした魔族らをハンマーで潰していき、ハンマーで出来た穴に魔族の血液が溜まっていた。
「こんにちは少年、立てるかい?」
「生憎とマナ切れで立てない状況でして―――」
意識が朦朧とする中、声を掛けてきた人に返事を返すので精一杯だったロイド。
「そうか、なら仕方ないか、じゃあ名前を教えてくれるかな?」
「無等級のロイドです」
「無等級?、新入りさんなのか!面白いな少年、銀等級や銅でも躊躇うこの戦場で一番に切り込む馬鹿野郎が無等級とはな、面白い気に入ったぞ。少年を勇者の側近にしてやるよ」
そう言うと男はロイドを背にしローゼンに戻ろうとしていた。
「あの!、あなたの名前は!」
聞きそびれそうになり力を振り絞り大声でロイドは男に名前を聞いてみるとあっさりと答えた。
「転生勇者のキエラ・モルゲン、これからよろしくなロイド少年」
そう言いながらキエラは立ち去っていった。
僕はその後来た救護隊によりローゼンの病院に搬送させられ一週間寝たきり状態になった後に昇格書を貰いキエラの側近として使えることになったのだった。
未だに不可解なのが、ここ数十年来なかった筈の魔族がローゼンに攻めて来た事。
どうやらこの国には何か隠されてることがあるのかもしれないと僕は心の片隅で思っていた。
更新頻度が遅くて申し訳ありません、できるだけ早めに投稿できるよう精進していきますのでよろしくお願いします