第零話「三年間と憲兵試験」(改)
三年。
一生から換算したら短いものだろうがロイドにとってはとても長く辛い日々だった。
最初の一年は憲兵試験の為の費用集めと装備の新調の為に村で人一倍働き、合間を縫っては村随一の剣士と術師に教えを請いてもらった。
当時十六だったロイドには辛く険しい日々であったが着実に技術を上げ、丁度一年が経った頃には村の十代の中でも秀でる程の力を身に着けることが出来た。
二年目になりロイドの努力を陰ながら応援してくれていた村の人達から試験と装備の費用を全額負担してくれると申しでしてくれた。
村長は一年前のリーリエが連れて行かれた日を境にどうにかして村の女性たちを帰らせることが出来ないか王都に行って何度も交渉を繰り返してくれていたのだが努力も虚しくその申し出は拒否され。その上王都への出入りを禁止されてしまっていた。
気が落ちていた村長だったがロイドのリーリエに対する思いに心動かされ、村長は村人に声をかけてロイドの試験費用と装備品を買うためのお金を集めてロイドに女性らを村に帰す望みと共に渡す事にした。
渡された金額は試験と装備を新調してもお釣りが出る程に多く、ロイドは村からもらったお金で一年早く首都に行くことにした。
王都ローゼンに着いたロイドは先ず装備の新調の為に武具屋で敏捷性に優れた装備を買い、三十センチ程のダガーナイフを二本と高価な魔法印入りのグローブを左手だけ買った。
次に寝床の確保をした後に村で戦闘について色々な事を教えてくれた剣士と術師の師匠の元へ赴き、無茶を承知で頼み込み、高等魔術や戦闘での剣術を教えてもらいながら王兵試験当日まで過ごした。
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試験当日
「これより王兵になる為の試験を行う、高い費用を親に払ってもらってようやくお前らはスタートラインに立つことが許されたんだ。精々親をガッカリさせるような成績を残さないことだな」
縦十一、横十列に並んで試験監督の言葉をまじまじとその場に居た全員が聞いていた。
(三年、この試験で合格して王兵で実績を積んで勇者様の側近になればようやくリーリエの元に会いに行くことが出来るんだ。こんな所で立ち止まってなんていられない!)
試験を受けに来た年齢も性別もバラバラな中で一際闘志を滾らせていたロイドは難なく最終試験にまで漕ぎ着けることが出来た。
最終試験【対人戦闘】
「近年魔国領からの攻撃が途絶えつつある中で実権を握る為に十二国間での戦闘があるやもしれない近頃だ。それ故に対魔族だけでなく対人での戦闘もこなせなくては王兵になれないと思え!最終試験まで残ることが出来た十八人はこれより試験監の王兵達と実際に戦ってもらう。王兵に見事勝てばそいつは晴れて王兵の仲間入りだ。精々足掻いてみせろ!」
王都ローゼンにある国内最大級の闘技場を貸し切りにして行われる最終試験。
精神的にくるものがある中、次々と崩れ落ちる者を横目に自分の番が来るのを待った。
「ここまで突破者零人か、まあ普通だな、なんせ今回の試験監は王兵の中でも銀等級の三班、金等級と競り合うほどの強さと謳われる集団の一人、鎌使いのラジェオロだからな」
観客席で立って自分の番を待つロイドの横で我が物顔で椅子にふんぞり返って座っている試験監督の言葉を聞いたロイドはこの試験監督が試験者を王兵にさせんとするその腐った根性に怒りを覚えていたがここでチャンスを踏み潰すのは本望ではない為、手を強く握りしめて耐えた。
「次で最後か――ロイドの番だぞさっさと行け」
試験監督のやっと終わるかと欠伸交じりに告げられた言葉にロイドは内心で怒りながらも冷静を装って観客席から闘技場の中心に歩みを進める。
「よろしくお願いします」
中心に着き、対戦相手である試験監に礼儀を弁えてロイドは握手を交えようと右手を差し出したのだが――
「ペッ!、そういういいから、さっさと始めてちゃっちゃと終わらせようぜ」
鎌を杖替わりに寄りかかりながらロイドの差し出した右手に痰を吐くラジェオロ。
どうやらこの場に居る王兵たちは腐っている奴しかいないらしい、ならこっちも礼儀なんて弁えずにぶっ潰してやる。
「これより最終試験、対人戦を行う。両者準備を」
審判となる試験管はこの中ではまともな方で正式な事を重んじるタイプの人だった。
右手に吐かれた痰を地面の砂に擦り付けた後に魔法印入りのグローブを左手に着け、右手に後ろ腰に着けた交差した二つの鞘の内の右手側のダガーナイフを取り出して戦闘準備を整えた。
「魔術と短剣か、邪道も良いとこだな」
鎌を一振りしてから低く姿勢を構え、ロイドに言った。
二つを同時に使うのは美しくない上に中途半端とされ、邪道であると言われることが多々あるがそんなのは正直言ってどうでもいい。
勝手上に上がれさえすれば邪道だってなんだって使えるものは使ってやる。
「最終試験開始!」
試験監が合図を出した瞬間にロイドは地面に向かってグローブを付けた拳を叩きつけた。
「幻視の魔術よ、マナの路を開き我に力を与えよ【ヴァーミリオンヒート】」
ロイドの言葉で闘技場の地面が勢いよくマグマの様に赤くなり、徐々に地面が溶け始めた。
「なんだよこれ!、熱ッ!、お前一体何をした!」
熱せられたチーズの様にドロドロに溶けていく地面に驚愕するラジェオロは正面に居るロイドに尋ねようとするがそこにはロイドの姿は無くなっていた。
「幻術って知ってますか、その類のものですよ」
どこからか聞こえてくるロイドの声に怯えならラジェオロは
「幻術?でもこの熱さは――」
「本当に地面が溶けていると?いいえ違いますよラジェオロさん。僕は見せているだけだ。それを貴方が勝手に脳で自己解釈し、魅せられてしまったに過ぎないんですよ」
ラジェオロの耳の周りをグルグルとロイドの声が駆け巡る。
現状の異常さに重なる様に襲い来る不快感で過剰なストレス状態になるラジェオロの精神は崩壊寸前だった。
「仕上げです」
その場で動けないでいるラジェオロにいつの間にか正面に居たロイドの左手から突き出されたダガーナイフが豆腐を切る様に滑らかにラジェオロの腹にくい込まれてゆく。
「痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!―――――――――」
腹部からダラダラと滝の様に流れる血と共にラジェオロは顔面から倒れてしまった。
「君!、相手を殺せとは言ってないはずだぞ!」
絶句しながら駆け寄って来る試験監はロイドを押し退けてラジェオロの元へ駆け寄った。
「大丈夫ですよその人。僕は何もしてませんから、ほらこの通り」
手には何も握られておらず。驚くことにダガーナイフは鞘にしまわれたままでラジェオロの腹部には傷一つついていなかった。
「いったいこれは・・・・・・」
「簡単な事ですよ、高等魔術の中でも異端の幻術を極限まで高めた幻視の魔術を使ったんです」
「幻視―――聞いたことがないぞそんな魔術」
実際の処、幻視の魔術はその危険さ故に一部の人しか知らない。
ロイドは奇跡的にも村の魔術師が幻覚の魔術を編み出した者の教え子であり、師匠となる人に幻視の魔術を教えてもらえるように無理して頼み込んだ結果教えてくれることになったのだが誰が教えたかは他言無用なのでそれっぽく誤魔化しを入れる。
「マイナーなんですよこれ、使う人によって強さにむらがでるので、それよりもその人早く連れてかないと危険ですよ、ストレスで胃に穴あいてるかもですから」
「え?あ、そうだな」
話題を反らして試験監の一人をラジェオロの治療に向かわせた。
「さあ試験監督さん、僕は合格ですか、不合格ですか?」
観客席で口を開いて阿保ずらで固まっていた試験監督に向かいロイドは合否について尋ねる。
「あ、あぁ――最終試験をこれで終了とする。合格者はロイドただ一人。王兵への入団を許可する。二日後に王兵団本部にて申請を行ってもらう、今日はもう帰っていいぞ」
心ここにあらずな口調で語り終えると脱力して椅子に深々と俯いて座っていた。
三年前のあの日から今までの努力が報われた気がした。
それだけでも嬉しくて泣いてしまいそうだけれどリーリエと再開するまで泣かないと心に決めたロイドはそのまま闘技場を後にして郵便局に行き、合格の知らせの手紙を書いて村へ送り、その日は宿泊施設で飯を食べてから就寝し、疲労回復に費やした。
「まっててリーリエ、後少しだから―――――」
三年間については主軸とならないのでこの様な形を取らせてもらいました。
グダグダと序章を何十話書くよりも小さくまとめて本編に力を入れたらいいと思いましたので。
もしもご要望がありましたら三年間についても書かせてもらうかもしれませんのでよろしくお願いします