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第七話「記憶と留守」

 ペースメーカーが一定のリズムを保ちながら病室内に響き渡る中、ロイドは机の下から引っ張ってきた椅子に座ってただ茫然とリーリエの手を握りしめていた。

 リーリエの身体はやせ細って腕には夥しいほどの注射痕が皮膚に刻まれていた。


「ごめんな、あの日の約束、遅くなっちゃって―――」


 ここに来る前に白衣を着た医師が病室の前で立っており、ロイドにリーリエのカルテを見せてもらった。

 ロイドが撃った魔術での睡眠状態は解除されているものの根本的原因として薬物による食欲の低下と運動不足による肉体の減衰、それに加えて手荒な手術によりできた傷口が数か所ありロイドがあの日リーリエを見つけていなければ死亡していたかもしれない状態であったのがカルテ上で書かれており、医師の言葉でもそう言われた。


 実際の処僕は何もしてない、アリスが助けてくれてアリスが率いるヴィンディチェの下リールって部署の医師達が頑張ってくれただけなんだ。この手で握っているリーリエの手を握る事しか今の僕にはしてやれないんだ。


 頬を伝う涙がリーリエの手にポタポタと垂れていくがリーリエはピクリとも動かない、もしかしたら死んでいるのかもしれないと頭の中を過るがペースメーカーの刻む音で正常を取り戻せていた。


「なあリーリエ、お前が目を覚ますときにはきっと全て終わらせるから村に戻ろうな、好きだった見晴らしのいい丘で君の好きなサンドイッチを頬張るんだ。それから、それから・・・」


 言葉に詰まる、僕に言う権利はあるのだろうか、いや、まだ僕には言えないんだと思う。だから終わったらいいに来よう。リーリエが起きた時、僕に牙を向けたなら受け入れて昔の様に振舞うんだ。もしも記憶が戻っていたならおはようと声を掛ける、それだけで十分だ。だから今は僕が次会った時までの事を言おう。


「それじゃあもう行くね、次会う時はもっと自分に自信が持てると良いな」


 ロイドはそう言うと繋いでいた手を放して病室から立ち去り、自室に戻っていった。

 ロイドの去った病室内ではペースメーカーの音が寂しく響き渡っており、リーリエの命を淡々と記していた。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「うるさい、うるさい!なんだこれは、いったい何なんだ!」


 バリンッ!と机に置いてあったティーカップを掃うように落としたキエラは何かに藻掻き苦しむかのように頭を抱えて壁に背を持たれていた。


 俺はずっと一人だ。転生される前からずっと!あの日の事故を忘れてなんかいない、なのに何故だ!他の俺が知らない記憶が割り込んで来ようとするんだ!


 キエラは混乱していた。自分の持つ記憶の中に自分の知らない自分の記憶が割り込み、今の記憶を掻き消そうとしている事に恐怖を露わにしていたのだ。


 壁伝いにキエラは部屋の奥にある隠し部屋に行き、そこで複数の薬を摂取した。

 一瞬来る吐き気や眩暈の後に来る快感に酔いながら割り込もうとしてきた記憶を無理やり記憶外に追い込み一時の安心感を覚えていた。


(それにしてもなんなんだあの感覚、懐かしさの中に俺が見たとこある姿が居た様な、って今はどうでもいい、この原因だ。ロイドとの戦闘から二日が経った頃からこの調子だ。ろくに解剖や実験もできやしないじゃないか!)


 爪を噛み、ロイドに対しての身勝手な憎しみを抱きながらキエラは上着のポケットにあるだけの薬を放り込んだ後、刃傷の付いた扉へと足をゆっくりと進めながら混乱する頭の中の記憶をどうするか考えていた。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 次の日になり、ロイドは感覚で朝だと気づいて昨日と同じ様にシャワーをした後服を着替えて食堂に行った。


 なにを食べようかって金ないんだった。


「お困りかなロイド君」


 ひょっこりと何処からか出て来たアリスはロイドの目を後ろから手で隠しながら言ってきた。


「なんだアリスか、なんか用でもあるのか」


「用があるのは君の方だろ!お金、ないんでしょ」


「何故それを!」


 当てられたことに驚きながらもロイドはアリスの手を退かして視界を確保した。


「君の私物はすべて把握しているんだよ、まあ転送時にちょっくら見せてもらってただけだだけどね」


「プライバシーって言葉知ってるか?」


「知らん、それよりどうなんだ?」


 アリスはほれほれとロイドに挑発しながらもロイドはそれを受けるしかなかった。


「アリス、金を貸してくれ」


「口の利き方が鳴ってないんじゃないかな?」


 うざったるい絡みが鼻に着くが今回は受け入れるしか選択肢がない、甘んじて受け入れよう。


「アリス様、どうか貧相なこの私めにお金を恵んではくれないでしょうか」


 深々と頭を下げ乍らロイドがそう言うと


「え?嫌だ。それにここの食堂、無料だから好きなの頼めば作ってもらえるしね」


 なんなんだいったい、金をくれない挙句に無料だと・・・無駄骨も良いところだ!

 ロイドはそう思いながらカウンターに行き、朝ご飯と書かれたメニューを見て目に飛び込んできたエッグマフィンとコーンポタージュのセットを注文し、出て来たおぼんにのった朝食を持って長机の席に座った。


「どうしたんだいロイド君、怒ったのかい?悪かったね、昨日の仕返しって事にしといてくれ」


 それを言われてはしょうがないとロイドは思い正面の席に座ったアリスに目をやるとクッキーを一枚齧っていた。


「朝食はそれだけなのか?」


「うんそうだよ、いつもこれだけ、このクッキー一枚で約六時間もつな」


「それ朝昼夜の飯時と一緒じゃねえか」


「そうかもね、ささロイドは私にかまわず食べて食べて」


 アリスは急かすようにロイドに朝食を食べるよう勧めてくる。


「じゃあ、いただきます」


 エッグマフィンを包んでいた袋を外して齧り付いてみるとこれまた以外。


「美味しい」


「そうだろそうだろお!」


 半熟の卵が口の中でトロリと流れるのと共に蕩けたチーズとパテが絡まりながらパティと噛むごとに味に深みが増していく、噛めば噛むほど味は濃くなってゆく不思議なエッグマフィンだ。


「ごちそうさまでした」


 ロイドは最後にコーンポタージュを飲むと一段落をついて味の余韻に浸っていた。


「さてさて、ロイド君戻ってきたまえ」


 バチンッと頬を往復便足されて正気に戻ったロイドにアリスが言った。


「これから三か月間ここを留守にする」


 それは唐突なものだった。


「なんで急に?」


「ちょっと救援に行くだけだ。心配するな死にやしないさ」


「そうか」


 アリスがここを留守にすると聞き落胆したロイドにポンと頭に手を置いて


「俺がいない間にキエラを倒せるくらいに強くなってろよ、期待してんだかんな!それじゃ」


 アリスはそう言うと一人、食堂を出て行ってしまった。

 またも残されたロイドはおぼんを返した後、地上に繋がる螺旋階段を上って行った。


「来たかロイド、特訓開始と行こうぜ!」


 外に出ると草原にジャックがおり、そう言っていきなり戦闘状態でロイドに向かってきた。

1300pvありがとうございます。

少し間が空きましたが二日連続投稿を前回してたので許してください。

うんダメ?なら今回も二日連続投稿するのでどうか・・・

それでは今後ともよろしくお願いいたします


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